腰仙骨神経叢は上部の腰神経叢Plexus lumbalisと下部の仙骨神経叢Plexus sacralisとよりなり,後者はさらに坐骨神経叢Plexus ischiadicusと陰部神経叢Plexus pudendalisとに分けられる.
腰仙骨神経叢は特にその下部である仙骨神経叢の中では下肢の伸側と屈側に分布する神経が層をなして配列していることが知られ,この観点よりすれば腕神経叢と似ている.しかしさきに腕神経叢の層について述べたことが,ここでもまた注意されなければならない.
つまりこの神経叢のなかで比較的前方あるいは後方にある層というものが形態学的な意味における前方および後方の両神経の区別と一致すると考えてはいけないのである.下肢の前方と後方にある神経の層といってももっぱら脊髄神経の前方の枝(すなわち前枝Rami ventrales)に由来している.
Eislerによればその後方の層には次の諸神経が属する:すなわち腓側大腿皮神経・上臀神経と下臀神経・梨状筋への神経・腓骨神経,内側下臀皮神経.前方と後方との両層に由来するのは後大腿皮神経である.その他の神経はみな前方の層に属している,腰仙骨神経叢の組成は著しい程度に個体的の変動を示す.この神経叢の全体が椎骨1個だけ下方に,それよりまれには上方にずれていることがある.下方にずれているばあいは,正常例で第25番目の椎骨に付着している寛骨が第24番目の椎骨に付いており,上方にずれているばあいは寛骨が第24番目の椎骨に付着している.
腰神経の前枝は第1から第5へと著しくその太さを増す.LIは直径が約2.5 mmあり,LIIはすでは約4mm,LIIIとLIVとは約6mm,さらにLVは直径約7mmある.
腰神経の前枝は係蹄Ansaeをなしてたがいに結合している.LI~LIIIとLIVの上半とは係蹄を作って相つづき1つの著しい神経叢をなしている.これが腰神経叢Plexus lumbalis, Lendengeflechtである.これは大腰筋の肉質のなかにうずまって(図550, 551),腰椎の肋骨突起の前方にある.
LIVの下方の小さい方の部分はLVと結合して腰仙骨神経幹Truncus lumbosacralisという1つの太い幹となり,これは分界線を越えて小骨盤のなかに達し,梨状筋の前方でその下につずいている前枝と合して仙骨神経叢Plexus sacralisとなる.腰神経係蹄Ansae lumbalesは3つあって,次のぐあいになっている:すなわちLIは2枝に分れ,その上方のものは末梢の枝に分れてしまい,下方のものがLIIと結合する.LIIは第4腰椎のところでLIIIの大きい方の部分と合し,すぐそのあとでLIVの大きい方の部分と結合する.これらの3根が鋭角をなして合することにより,この神経叢の主要神経である大腿神経N. femoralisができあがる.
1. Th XIIとの結合;
2. LIVの下部による仙骨神経叢との結合;
3.2~3本の長い交通枝による交感神経の腰部との結合.
短い枝としては次のものがある:
1. 腰方形筋への枝;これは耳の初部からでる;
2. 大腰筋および小腰筋への枝;第2と第3の腰神経係蹄からでる.
長い枝としては次のものがある:
これは腰方形筋の前面に達し,最下の肋間神経に平行して斜め下方に走り,腸骨稜の上で腹横筋と内腹斜筋とのあいだに入る.そして腸骨稜め中央部の上でその外側皮枝Ramus cutaneus lateralisをだす.外側皮枝は腸骨稜の中央のところで内外の両腹斜筋を貫き,との稜を越えて下方に走って中臀筋を被う皮膚に達し,ここで第12肋間神経の外側皮枝と結合していることが多い.
腸骨下腹神経の幹の続きは前皮枝Ramus cutaneus ventralisであって,これは腹横筋と内腹斜筋とのあいだを走り続け,この両筋および外腹斜筋に枝をあたえる(筋枝Rr. musculares).そして腹膜下鼡径輪の上方で内腹斜筋を貫き,さらに外腹斜筋の腱膜を貫いて,浅鼡径輪の内側縁のところで皮膚の下に達する.前腸骨棘の上では次に述べる腸骨鼡径神経と結合し,後者をすっかりその中に取りこんでいることがある.
図552 後面;図553 前面.(日本人の下肢の皮神経分布については,左右各10肢を用いた牛尾の詳細だ報告がある.(牛尾甦生平:邦人下肢の皮神経分布に就て.解剖学雑誌,7巻,757~871,1934))
これは腸骨下腹神経よりも細く,これと同じような経過をとり,それよりやや下方で腰方形筋の前を通り,腸骨稜のすぐ上で腹横筋に達し,この筋を腸骨下腹神経よりいくらかいっそう前方で貫き,腹横筋と内腹斜筋とのあいだを前方に走り,腸骨下腹神経と上述の結合をなし,鼡径管を通り,あるいは浅鼡径輪の外側脚を貫いて精索に達し,そこで終枝に分れる.
[図554](右の)大腿における大腿神経と閉鎖神経(I) ( 3/8).
縫工筋はその中部を切り取ってある.
幅の広い3つの腹壁筋はこの神経から細い筋枝Rami muscularesを受ける.またその知覚性の終枝には外側のものと内側のものとがある.
外側の終枝は内側鼡径部の皮膚および(常にとは限らないが)大腿の内側部の皮膚のなかで広がる.
内側の終枝はこれに反しで恥丘の皮膚と陰嚢(大陰唇)とに達する.これを陰嚢枝Rami scrotales(陰唇枝Rami labiales)という.
これは(2根をもって)第1腰神経係蹄およびL IIから発し,大腰筋の中あるいはその外で次の2終枝に分れる.この2終枝が別々に腰神経叢から発していることもある.
a)陰部枝R. genitalisはLIに由来する陰部大腿神経の線維からなり,大腰筋の内側縁の近くを下行して,外腸骨動脈に1枝をあたえ,外腸骨動静脈と交叉して,腹膜下鼡径輪の内側で曲がって,鼡径管の後壁に上つてくる.ここで陰部枝は精索(あるいは子宮鼡径索)の内側面に達し,これとともに鼡径管を通りぬけて陰嚢に入る.この神経は挙睾筋と肉様膜とに分布し,また精巣動脈のまわりの交感性の神経叢と結合している.鼡径管からでたのちは腸骨鼡径神経の小枝と吻合する.
b) 大腿枝 R. femoralisはLIIに由来し,陰部枝の外側で大腰筋の前を下方に走り,大腿動静脈の外側で鼡径靱帯より下方で大腿の前面の皮膚に達する.その若干の枝は卵円窩を通ってでるが,別の枝はその外側を通っている.その最も遠く達する枝は時として大腿の中央部まで追跡される.
陰部大腿神経の変異(Rugeによる);a) このものは独立の神経どしては存在していないことがあって,その時には陰部枝は腸骨鼡径神経の1枝となり,大腿枝は大腿神経の前枝の1つとなっている.b)大腿枝が大骨盤のながで腓側大腿皮神経より発し,独立して鼡径靱帯より下方で皮膚に達することがある.c)大腿枝が大腿神経の1枝をなしていることがある.
これは第3腰神経係蹄より起こって,大腰筋の外側面に達し,次いで腸骨筋の上にでて,腸骨筋膜に被われて前腸骨棘のあたりにすすみ,次いで鼡径靱帯と深腸骨回旋動脈の下を通って大腿の領域に達する.ここでは大腿筋膜め浅葉の下にあって,各1本の太い方の前枝と細い方の後枝とに分れ,両者は別々に大腿筋膜を貫く.そして後枝は大腿筋膜張筋の上を後方に向かってすすみ,臀部にまで達する.前枝は鼡径靱帯の3~5cm下方で皮下に達し,外側広筋の前面に沿って下行して膝の外側部にまで達し,特に外側部への枝をだしている.
変異(Rugeによる):a) この神経は鼡径靱帯の上方で体壁を貫くことがある.b)前腸骨棘よりはるかに下方で次腿筋膜を貫くことがある.c)普通よりいっそう急な傾斜で腸骨窩を通り,鼡径靱帯の中央よりやや下方で大腿筋膜を貫くことがある.d)大腿神経の方向に急な傾斜で下方に走り,1本の枝によって大腿神経と結合している.その枝が大腿において横の方向に走った後にはじめて外側部に達する.
これは3根をもってLII・LIII・LIVからおこり,また第4の根がおそらくLIより発する.太くて扁平な幅5~6mmの1幹をなし,この幹は大腰筋と腸骨筋とのあいだを通り,鼡径靱帯の下で筋裂孔の中を大腿動静脈の外側を走って大腿に達する.
大腿に移行するとこの神経は次第に腸腰筋の内側面に達し,ここで鼡径靱帯より4~5cm下方で多数の枝に分れる.その一部は運動性の枝であり,一部は知覚性の枝である.
その知覚性の枝は大腿前面の全体に分布し,運動性の枝は大腿の伸筋に,また大腰筋と恥骨筋とに達する.終枝に分れる前にこの神経からは次の枝がでる:すなわち
若干の前皮枝Rami cutanei ventrales・腸骨筋の骨盤内にある部分への2~4本の枝・大腰筋への1枝ならびに固有大腿動脈神経N. arteriae femoralis proprlusである.固有大腿動脈神経はすでに骨盤腔内において大腿神経より分れ,この神経とともに走り,鼡径靱帯より下方でこれから離れ,大血管の鞘について下行する.大腿深動脈に伴って走るその小枝のうちの1つが栄養孔を通って大腿骨の内部に入り,他のものはその骨膜に入る.--恥骨筋への神経は大腿動静脈のうしろでこの筋の前面に達する.大腿神経の終枝は次のものである:
a)前皮枝Rami cutanei ventrales.(図552~555) 多数の枝であって,いろいろな場所で大腿筋膜を貫く.これらの枝のうち一部のものは縫工筋を貫いている
その数多くの枝は次のぐあいに走っている:
α. 大腿の前面の中央部へ2本の枝がゆく.その1本は縫工筋に1枝をあたえ,多くはこの筋をその上部1/3で貫き,次いで大腿筋膜を貫き,大腿直筋の前を下行して膝にまで達する.他のものは初めは前者と合していることもあり,ごくまれにしか縫工筋を貫いていないで,多くのばあいこの筋の内側面で皮膚に達し,膝にまで進む.これら両枝は大腿枝(陰部大腿神経の)としばしば結合している.--β. 大腿の前面の内側部への枝が多くは2~3本ある.そのうちの1本は筋膜を卵円窩のすぐ下方で貫き,大伏在静脈に沿って走り,膝にまで追跡きれる.これはふつう閉鎖神経の皮枝と結合する.
それよりいっそう太い第2の神経は,しばしば2本になっていて,これは縫工筋の内側縁に沿って下方に走り,膝蓋骨の上方で筋膜を貫き,膝の内側面の皮膚のなかに広がる.
b)筋枝Rami muscularesは大腿の伸筋にいたる.
それをくわしく述べると:
α. 大腿直筋への1枝.この枝および若干の別の筋枝から細い小枝が出て股関節の関節包に達する.--β. 外側広筋への1枝.--γ. 中間広筋への若干の枝.これらの枝のうちで下方のものは膝関節筋をも支配するが,かなり太い枝がこの筋の範囲を越えて,骨膜および膝関節の関節包にいたる.--δ. 内側広筋への1本の神経.これもやはり1本の目だつ終枝を膝関節の関節包に送っている.
c)伏在神経N. saphenus(図554~556)は大腿神経のだす最も長い枝であって,はじめは大腿動脈の外側面にあり,さらに下方では大腿動脈の前面に接し,大腿動静脈とともに内転筋管に入り,広筋内転筋板Lamina vastoadductoriaを貫いて,縫工筋に被われて内側広筋と大内転筋とのあいだの溝を下行して膝の内側面に達する.ここでは縫工筋の腱のところで皮膚の下に達し,大伏在静脈に接して,この静脈に沿って下腿の皮下をさらに下方に進み,脛骨躁の前を通り,足の内側縁の皮膚のなかに放散して終る.その枝の1本がここで浅腓骨神経と結合している.伏在神経は母指にまで達することなく中足骨の領域で終ることが多い.1本の枝を膝関節にあたえるほかに次の枝をだしている:
α)膝蓋下枝Ramus infrapatellarisは膝の内側面から膝蓋骨の前面までの皮膚に達する(図555).
β)内側下腿皮枝Rami cutanei cruris tibiales,内側の前枝と内側の後枝とがあって,これらは脛骨の内側面を被う皮膚と腓腹部の内側面の皮膚とに分布する.
[図555]右の大腿の前面における皮神経(3/8)
まれには伏在神経がすでに膝のところで終わって,下腿では脛骨神経の1枝がそれに代つて分布していることがある.
多くは3根よりなり,これらの根は第2腰神経係蹄ならびにLIIおよびLIII, LIVに由来するもので,すでに大腰筋の内部で集まって1本になっている.この幹は大腰筋の内側縁に沿って下方に走り,総腸骨動静脈のうしろで小骨盤に入り,次いで閉鎖管に達する.閉鎖管の内部でその2終枝に分れる.これが浅枝Ramus superficialisと深枝Ramus profundusとである.
この神経は内転筋群の全部に運動性の枝をあたえ,また1皮枝を膝の内側面にだす.
閉鎖管からでる前にこの神経はただ1本の神経,すなわち外閉鎖筋への筋枝Ramus muscularisをだすだけで,この筋枝は閉鎖管を通りぬけて外閉鎖筋にはいるのである.
a)浅枝Ramus superficialisは短内転筋と長内転筋とのあいだを通り,次の諸枝に分れる:
α. 恥骨筋への1枝,但しその存在は不定である;--β. 短内転筋への1枝;--γ. 長内転筋への1枝;--δ. 大腿薄筋への1枝.この枝と共通の幹をなして起るものは
ε)皮枝Ramus cutaneusである.これは長内転筋と大腿薄筋とのあいだで大腿の内側面の皮膚に達し,大腿神経の前皮枝と結合している.
b)深枝Ramus profundusはしばしば外閉鎖筋を貫き,この筋と短内転筋とのあいだを通って大内転筋の前面に達し,次の諸枝をだす:
α. 股関節への1~2本の関節枝Rami articulares;--β. 大内転筋の上部への1枝;--γ. 大内転筋の下部への1枝;--δ. 膝関節の関節包の後壁への1枝,この枝の存在は不定である.
変異:N. obturatorius accessorius(副閉鎖神経)のみられることがまれでない.これはLIIIとLIVとからおこり,恥骨の上を越えて大腿に達し,閉鎖神経と結合し,恥骨筋と股関節に枝分れする.
最終更新日 12/04/13
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