頭蓋腔とその壁の血液を受けとる静脈はその走り方と源の関係からいくつかの組に分ける.壁の静脈としては頭蓋骨のものと脳硬膜のものがある.脳硬膜の静脈を上,中,下の3群に分ける.下の群,つまり頭蓋底の血液の通路には眼窩, 鼻腔の一部,耳道の一部からの血液も流れこむ.そのほかに第3の組として脳の静脈がある.
頭蓋骨の静脈すなわち板間静脈は,頭蓋円蓋の範囲では,その小幹が骨の海綿質の内部にあって,そこで網状に連なっている.
その根は内板と外板のなかに達し,そこで細かい網を作り,内面と外面の骨膜の静脈とつながりをもっている.板間静脈の根は一部は頭蓋外表面の静脈に終り,一部は脳硬膜の静脈,または血液腔に終わっている.この小幹はしばしば個々の骨の境を越えており,まだ融合していない骨の場合にはその一部が1つの骨からほかの骨にわたっている.
ふつう前頭部と後頭部にはそれぞれ1本の小幹が各側にあり,頭蓋の側方壁にはそれぞれ2本ないし3本の小幹が認められる.詳細についてはその走り方が個体的に変化を示し,また同一個体の両側についても多少の不同がある.
板間静脈を次のように分ける.
1. 前頭板間静脈V. diploica frontalis.これは前頭部の正中線の近くを下り,前頭静脈と上矢状静脈洞に開口している.
2. 前側頭板間静脈・後側頭板間静脈 V. diploica temporalis anterior et V. diploica temporalis posterior.前者は深側頭静脈のうちの1本と蝶頭頂静脈洞とに開口する.後者は乳突導出静脈をへて耳の後方にある静脈および横静脈洞に開口する.中側頭板間静脈V. diploica temporalis mediaが存在するばあいは,これは前頭骨と頭頂骨の境のところにあって,たいてい上錐体静脈洞とつづいている.
3. 後頭板間静脈V. diploica occipitaIis.これは後頭静脈あるいは横静脈洞に入るか,または後頭導出静脈をへて後頭静脈と静脈洞交会とに同時に入っている.
前頭板間静脈と前側頭板間静脈,もしくは前・後または前・中・後の側頭板間静脈がたがいに合流することにより,あるいは左右の後頭板間静脈が不対の1本あ幹をなすことにより幹の数が減少していることが少なくない.
いま述べた板間静脈に続くものとして頭蓋腔の導出静脈がある.これは骨を貫いて,頭蓋の内と外の静脈をたがいにつないでいる.この静脈にはかなり太いものがあり,細いつながりにすぎないものもある.ところで,この静脈は内部の静脈(特に静脈洞)へ血液を導き入れるよりは,むしろ外部へ導き出す役目をしているようで,それゆえ内腔が充満し過ぎたばあいに1種の安全弁としてはたらくのである.板間静脈の一部がこの導出静脈に開口している.
α. 破裂孔導出静脈Emissarium foraminis laceri.海綿静脈洞と翼突筋静脈叢とをつなぐ静脈で破裂孔を通る.
[図683] 頭蓋骨の板間静脈. 外板を取り除いて板間静脈を示してある.1. 冠状縫合;2. 人字縫合;3. 頭頂側頭縫合;4. 前頭板間静脈;5. 前側頭板間静脈;6. 中側頭板間静脈(蝶形骨大翼の後端に進入する);乳後側頭板間静脈(乳突孔で終る);8. 後頭板間静脈
β. 卵円孔静脈網Rete foraminis ovalis.上と同じような静脈のつながりで海綿静脈洞と翼突筋静脈叢との間を結ぶものであり,卵円孔を通っている.
γ. 内頚動脈静脈叢Plexus venosus caroticus internus.内頚動脈にまつわりついている静脈叢であって,海綿静脈洞と翼突筋静脈叢とをつないでいる.
δ. 頭頂導出静脈Emissarium parietale.浅側頭静脈と上矢状静脈洞とのつながりであって頭頂孔を通る.
ε. 乳突導出静脈Emissarium mastoideum.S状静脈洞と後頭静脈とをつなぐもので,乳突孔を通る.
ζ. 舌下神経管静脈網Rete canalis n. hypoglossi. 前椎骨静脈叢と内頚静脈上球とをつなぐもので,舌下神経管のなかで舌下神経にまつわりついている.
η. 顆導出静脈Emissarium condylicum.S状静脈洞と椎骨静脈叢とをつなぐもので顆孔Foramen condylicumを通る.
θ. 後頭導出静脈Emissarium occipitale.静脈洞交会と後頭静脈とをつなぐものである.
脳硬膜の静脈はだいたいに中硬膜動脈A. meningica mediaの分布と一致している.中硬膜動脈は2本の静脈を伴い,この静脈はふつう棘孔Foramen spinaeをへて側頭下窩の静脈叢に達する.
そのほか脳硬膜の細い動脈に伴って細い静脈が走っており,これらは多くは近くの静脈洞に開口する.
脳の静脈は一部は脳の表面を,一部はその深部をとおるので,浅層と深層の脳静脈が区別される.
[図684] 第四脳室脈絡組織と側脳室脈絡叢の静脈 脳梁幹と脳梁膨大とは取り除いてある.脳弓柱は室間孔のところで切断し,脳弓体・脳弓脚・大脳の後頭葉は取り除いてある.
右では脈絡叢の前方部は取り除いてある.静脈には青い色素を注入してある.
動脈の主な分布が脳底から始まるのに反して,静脈は脳の周囲全体にわたってかなり太い幹に集まり,最後にその大部分が頭蓋円蓋を横走および縦走する通路にはいってゆく.
これを次のように分ける.
α. 上大脳静脈Vv. cerebrales superiores.これは脳の上面を走り,部分的にだけ溝のなかにはいっていて,大部分は半球間裂を指してゆく.そこではこの裂け目を境としている大脳内側面の静脈と合して,上矢状静脈洞にすすみ,これに斜めの方向をとって開口している.
β. 中大脳静脈V. cerebralis media.これは外側大脳裂のなかにあり,海綿静脈洞か蝶頭頂静脈洞に入るが,まれに上錐体静脈洞に開口している.
γ. 下大脳静脈Vv. cerebrales inferiores.脳の下面と側面の下部から来て,横静脈洞・上錐体静脈洞・海綿静脈洞に入る.
δ. 上小脳静脈Vv. cerebellares superiores.小脳上面から発し,大部分は内側に走り,虫部の上面を越えて直静脈洞にいたる.そのほかの部分は内大脳静脈にゆく.
ε. 下小脳静脈Vv. cerebellares inferiores.小脳の下面からおこり,概して外側にすすみ,その血液は主に横静脈洞・S状静脈洞・下錐体静脈洞に注がれる.
ζ. 内大脳静脈Vv. cerebrales internaeは第三脳室脈絡組織のなかにある.大脳の深部にある大きい灰白質塊からの血流を導きだしている.室間孔のところで視床線条体静脈Vena thalamostriataと脈絡叢静脈Vena chorioideaとが合してできる.視床線条体静脈は分界条の下で尾状核と視床核の境にある.そしてこれらの2つの大きな核からの血液を集めて,透明中隔のところで透明中隔静脈Vena septi pellucidiを受け入れている.脈絡叢静脈は側脳室脈絡叢の縁に沿って走り,このものからの血液を導き出している.左右の内大脳静脈はきれいな弯曲をなして脈絡組織のなかを後方に走り,そのさい近くの部分から来る多数の細い静脈を受けとる.内大脳静脈に入る最後のかなり太い枝が脳底静脈Vena basialisであって,脳の下面で始まり,大脳脚の周りをめぐってすすみ,レンズ核と灰白隆起からの静脈を受け入れている.
η. 大大脳静脈V. cerebralis magna. 左右の内大脳静脈が合同することによって生ずる.これは約lcmの長さと5~8mmの巾をもち,脳梁の下面と四丘板の上面のあいだに入って,小脳天幕の前縁に達し,直静脈洞につづく.
θ. 眼硬膜静脈V. ophthalmomeningica.これは脳の下部の静脈で,上眼静脈(いっそうまれに下眼静脈)または下錐体静脈洞に開口している.
すでに述べたように,頭蓋腔の血液は主として頭蓋の内面にある空所に集まるが,これらの空所は円蓋部,脳底部,中部の3群に分けられる.この空所はすべて強い線維性の膜である硬膜Dura mater, harte Hirnhautの両葉のあいだにあって,硬膜静脈洞Sinus durae matrisとよばれるのである.
丈夫な壁でまわりを囲まれ,圧力から護られているこれらの空洞内の血流は概して前上方から後下方に向うのである.しかしその一部の道は頭蓋の後壁から前方に向かっている.そしてすべての静脈洞の主な流れは各側の頚静脈孔を通って外にでて内頚静脈上球にいたる.つまり数多くの静脈洞とこれに流れこむものの全部が内頚静脈の根をなしているのである(640頁参照).
1. 上矢状静脈洞Sinus sagittalis superior(図685,1, 686)
これは大脳鎌の上縁のなかに埋もれていて頭蓋頂の内面に沿って前から後に走る,そして前は前頭骨の盲孔で始まり内後頭隆起のところまで伸びている.その横断面は下方がより鋭い角をなした三角形である.しかし盲孔のなかではただ硬膜の突起だけとなっている.それから続いて走るあいだに脳の上部の静脈,硬膜と頭蓋骨の何本かの静脈がこの静脈洞に開口する.頭蓋の外面の静脈とは頭頂導出静脈および後頭導出静脈によってつながっている.前方では上矢状静脈洞は非常に狭くなっていて,いつも鶏冠にまでこれが達しているわけではない.後方ではかなり広くなっている.その上壁はへこんでいるが,側壁はまつ直ぐかあるいは軽く突出している.
この静脈洞の両側には多少の差はあるが概して数の多いクモ膜の増殖部があって,これは血管を欠いており,脳膜顆粒Granula meningica, Arachnoidalzottenまたはパツキオニ顆粒Pacchionische Granulationenとよばれる(神経学参照).
2. 下矢状静脈洞Sinus sagittalis inferior(図685, 2)
大脳鎌の下縁は凹を画いており,そのなかに小さな静脈洞すなわち下矢状静脈洞が埋まっている.これは下縁の中央のあたりで始まり,この縁が小脳天幕の前縁と合するところまで走る.下矢状静脈洞は大脳鎌内の何本かの静脈によってできており,また多くのばあい脳梁の上面およびそれに接している大脳回から発する少数の細い静脈だけを受け入れている.まれに大脳鎌のなかを走る1本の静脈によって上矢状静脈洞と吻合している.
3. 直静脈洞Sinus rectus(図685, 4, 686)
これは大脳鎌と小脳天幕の結合する縁を後方に内後頭隆起に向かって走っている.その横断面は上方が鋭い角の三角形をなす. 初まりのところでは下矢状静脈洞と大大脳静脈V. cerebralis magnaとを受けており,さらに後方では小脳の上部の静脈を受けている.それゆえ後方で少しく広がっている.
4. 横静脈洞Sinus transversus(図685, 6, 686)
横静脈洞は頭蓋腔の静脈血の大部分を受けとるので非常に広いものである.内後頭隆起のところで始まり,小脳天幕の後縁に沿って側頭骨錐体の後稜に向かってすすみ,S状静脈洞Sinus sigmoides(図685, 6')となって側頭骨乳突部のS状洞溝のなかをこれに沿って下方にすすんで頚静脈孔に達し内頚静脈上球に開口している.右側の横静脈洞はたいてい左側のよりも広くて,また外耳道の後壁にいっそう近よっている.横静脈洞は横断面が三角形で,S状静脈洞はそれが半円形である.
[図685] 頭蓋腔の静脈洞の模型図 内方から見た側面図. 頭蓋腔をほぼ正中面で矢状方向に切断し脳硬膜はその突起と共に右半分に残してある.a 前頭骨;b 頭頂骨;c 後頭骨;d 蝶形骨;e 篩骨;f 鼻骨. A 前頭蓋窩;B 中頭蓋窩;C 後頭蓋窩;D 小脳天幕;E 大脳鎌;1,1,1上矢状静脈洞;2 下矢状静脈洞;3 内大脳静脈;4 直静脈洞;5 静脈洞交会;6横静脈洞;6'S状静脈洞;7後頭静脈洞;8上錐体静脈洞;9 下錐体静脈洞.
内後頭隆起のところでは上矢状静脈洞・直静脈洞・横静脈洞が集まっている.たいていの場合ここで後頭静脈洞もこれらと合する.ここは大脳鎌と小脳天幕が後方でいっしょになるところに相当していて,静脈洞交会Confluens sinuumとよばれる(図685, 5).
静脈洞交会がここにあげたすべての静脈洞に共同の受容個所となっていることはまれである(50例中4例),それよりやや多く見られるのは上矢状診脈洞と左右の横静脈洞との合流である.静脈洞交会と言うに値するものはわずか20%に見られるだけである.
しばしば(30%において)上矢状静脈洞が右と左のそれぞれ1枝に分れて横静脈洞をなしている.直静脈洞は左の横静脈洞に入るか,または左と右の横静脈洞をたがいにつないでいる1本の横走枝に開口していることがいっそう多い.また1つの静脈叢がこの横走枝の代りをしていることもある.
全例の50%において上矢状静脈洞が内後頭隆起の右(この方が3倍も多い)または左にずれて,そのがわの横静脈洞に続いている.後頭静脈洞は左右どちらかの横静脈洞に開口するか,または同時に左右両側の横静脈洞に達している (J. Dumont, Les Sinus postérieurs de la Dure--Mère, Nancy 1894).
A. Mannu(Internat. Monatsschrift Anat., Phys.1907)は42例を調べてそのうちただ2例だけに本当の静脈洞交会を見た.42例中11例は上矢状静脈洞が右(11例中9例)か左(2例)の横静脈洞に移行しており,そのさい直静脈洞はそれぞれ1本の脚をもって左と右の横静脈洞に開口している.また42例観察したなかで残りの29例は,矢状静脈洞も直静脈洞もそれぞれ太さのたいてい違う右と左の枝に分れて,左右の横静脈洞に流れこんでいる,直径が6~IOmmもある横静脈洞には下大脳静脈,一部の上小脳静脈および若干の板間静脈が開口している.S状静脈洞はまず上錐体静脈洞を受けとり,乳突導出静脈によって頭蓋の外面の静脈とつながり,また顆導出静脈によって脊柱の外側の静脈叢と結合している.S状静脈洞の下端はほとんど直角をなして内頚静脈上球につながっている.
Bluntschli(Verh. Ges. deutsch. Naturf. Ärzte,1908)は右側の横静脈洞の方が太いのは右側の静脈血の血流がいっそう多いという条件によるものとしているが,Zeiger(Beiträge zur Anat. usw. d. Ohren, usw.19. Bd. )は発育中の脳の圧にその原因があるとしている.
5. 後頭静脈洞Sinus occipitaIis(図685, 7)
これは多くのばあい単一であって,静脈洞交会か一方の横静脈洞からおこり,小脳鎌の中を大後頭孔の方にすすむ.そこに達する前に2本の脚に分れて縁静脈洞Sinus marginales(図686)となる.縁静脈洞は各側のものが大後頭孔の上を通って頚静脈上球にいたる.そのほか細いがかなり重要な吻合枝,または小さい静脈叢が脊柱管の静脈叢に達している.ときおり後頭静脈洞の重複していることがあり,そのさい各々のがわを走って上に述べたのと同じ点にいたる.
6. 海綿静脈洞Sinus cavernosus(図686)
これは蝶形骨体の側面で大翼の根の上にあり,上眼窩裂から側頭骨錐体の先端まで伸びている.海綿静脈洞は著しい広がりをもっていて,その形は定まっておらず,多数の結合組織性の索で貫かれ,そのため海綿のような観を呈している.前方では蝶形骨小翼の下に沿って広がっている静脈洞,蝶形[骨]頭頂静脈洞Sinus sphenoparietalisとつながるが,これは海綿静脈洞の初まりともみなすことができる.また眼窩の静脈すなわち眼静脈ともつながっている.なお海綿静脈洞に太い中大脳静脈が開く(図686).静脈洞の外側壁のなかを動眼神経, 滑車神経, 眼神経が眼窩に向かって走っている.外転神経および内頚動脈(これは交感神経叢を伴っている)がこの静脈洞を貫いて走り,静脈洞の血液でそれらの周囲が洗われている.下方では海綿静脈洞は卵円孔静脈網によって翼突筋静脈叢とつながっている.そのほか内頚動脈静脈叢plexus venosus caroticus internusおよび錐体静脈洞ともつづいている.左右の海綿静脈洞は海綿間静脈洞Sinus intercavernosiによってたがいに結合している.この海綿間静脈洞は下垂体窩の前後の両壁,および底,ならびにトルコ鞍の後を1側から他側に走り,下垂体をほぼ完全につつみ,またトルコ鞍をとりまいている.
下垂体の下にある結合は必ずしも常に存在しない.前方のつながりがいちばん目だつものである.海綿間静脈洞は下垂体と蝶形骨体の細い静脈を受け入れている.
7. 上錐体静脈洞Sinus petrosus superior(図685,8, 686)
上錐体静脈洞は小脳天幕が錐体稜に付着する部分の中に包まれていて,海綿静脈洞の後端からS状静脈洞の上端へと後外側の方向をとって走っている.
したがってこれは海綿静脈洞をS状静脈洞につないでおり,前者の血液を内頚静脈に導くのである.
[図686] 頭蓋底の静脈洞と眼窩の静脈(9/10)
小脳天幕の右半分を取り除いてある.また右の半月神経節とその枝を除去してこの側の海綿静脈洞とそれにつながる部分を露出してある.右眼窩の上壁を取り去ってあ る.
8. 下錐体静脈洞Sinus petrosus inferior(図685,9, 686)
これは上錐体静脈洞にくらべて短いが,たいていそれより広くて,側頭骨錐体の下縁に接して,これと後頭骨底部の間を後下方かつ外側に走る.これは海綿静脈洞の後縁で初まって,頚静脈孔の神経が通る部分の内側に達している.
[図687] 右上肢(屈側)の皮静脈(Corning, topogr. Anatomieによる).
そこから迷走神経系統の諸神経(すなわち脳神経のIX, X, XI)の前をへて内頚静脈の上部に向い,頭蓋底のすぐ下で斜めにこの静脈に開口している.多くのばあい舌下神経管静脈網とつながっている.内頚静脈上球に開口することは比較的まれである.
9. 脳底静脈叢Plexus basialis(図686)
これは斜台の上にある静脈叢であって,左右の海綿静脈洞と錐体静脈洞とのあいだをたがいにつらね,また脊柱管内の前方の静脈叢と合している.
10. 内頚動脈静脈叢Plexus venosus caroticus internus
すでに幾度か述べた頚動脈管の中で内頚動脈に巻きついている静脈叢をいうのであって,海綿静脈洞と翼突筋静脈叢とをつないでいる.
変異:硬膜静脈洞についてはJ. F. Knottの業績がある.その報告によれば,右の横静脈洞はたいてい左のものより太いのであるが,2例においては右のものが全く欠けていた.静脈洞交会は44例中27例では右側に,9例では左側に,また9例では中央にあった.4例では上矢状静脈洞が直接に右の横静脈洞へ移行していた.若干例では眼錐体静脈洞Sinus ophthalmo-petrosus(Hyrtl)がみられ,またしばしば鱗錐体静脈洞Sinus squamoso-petrosus(C. Krause)が認められた.26例では直静脈洞が左の横静脈洞に開口し,12例ではまんなかに,6例では右の横静脈洞に開口していた.蝶頭頂静脈洞は非常に変化に富むが,これが完全に欠けていることは決してなかった.海綿静脈洞は5例ではきわめて小さかつた.下蝶形骨静脈洞Sinus sphenoidalis inferiorは25例に存在していた.後海綿間静脈洞は26例において欠けていた.この両者が同時にあるのはわずか15例だけであった.非常にまれに(3例)上錐体静脈洞が欠如していた.眼静脈から上錐体静脈洞への吻合静脈は3例(左側)にみられた.脳底静脈叢は特にいうほどの変化を示さなかった.それに反して後頭静脈洞は2例で完全に欠如しており,9例では両側にあり,2例では縁静脈洞となって横静脈洞と頚静脈孔とをむすびつけていた(なお644頁を参照のこと).
眼窩の内容をなす諸器官の血液は2本のかなり太い静脈幹に集まるが,そのうちのいっそう太い方の幹は眼窩の上部を走り,その経過はだいたい眼動脈の分枝と一致している.一方,細い方の幹は眼窩の底の近くを走っている.これら2本の幹は眼窩の後端で合して1本の太い静脈となり,上眼窩裂を通って海綿静脈洞と結合している(図688,1).
a)上眼静脈Vena ophthalmica superior.この静脈は初め眼球の上内側にあり,それより後方では視神経の上を越えて外側に向い,上眼窩裂を通って海綿静脈洞に達する(図686).
この静脈の幹は内眼角にある静脈網からできてくる.一方この静脈網は顔面の静脈とつながっており,なかでも顔面静脈の初まりである眼角静脈とつづいている.上眼静脈は次のものを受け入れる.鼻前頭静脈V. nasofrontalis,これは前頭動脈といっしょに前頭切痕のなかにある.前節骨静脈,後節骨静脈V. ethmoideae anterior et posterior,この2つはそれぞれ同名の穴を通って節骨を出てゆく.涙腺静脈V. lacrimalis,これは涙腺と眼窩の外側部にある諸筋からの血液を集める.前頭静脈,眼筋静脈Vv. frontales, Vv. musculares,眼窩の内側部と上部の筋から来る.渦静脈Vv. vorticosae=大脈絡膜静脈Vv. chorioideae majores,小脈絡膜静脈Vv. chorioideae minoresは眼球中膜から来る.毛様体静脈Vv. ciliares(感覚器参照)および網膜中心静脈Vena rentralis retinae,強膜上静脈Venae episclerales強膜の表面から来る.眼瞼静脈Venae palpebrales,結膜静脈Vv. conjunctivales.
b)下眼静脈Vena ophthalmica inferior.これは眼窩の底でその外側部にあり,下直筋と外側直筋とのあいだにある(図688, 2).
この静脈は何本かの毛様体静脈,涙腺静脈,眼筋静脈を受け入れ,下眼窩裂を通じて深顔面静脈と1本の太いつながりをもっていることが多い.
かくして翼突筋静脈叢と結合している.なおこの静脈の後端は上眼静脈の幹あるいは海綿静脈洞に開口している.
[図688] 眼窩の静脈ならびにその付近にある静脈とのつながり(半模型図) (2/3)
a視神経;b上斜筋;涙腺;d下眼球斜筋;e正円管;f上顎洞;I共通の幹;1前頭枝;2下眼静脈;3眼筋静脈と涙腺静脈;4上眼静脈と前後の篤骨静脈;5鼻前頭静脈;[6眼窩下枝];II顔面静脈;[7深顔面静脈];8,8外鼻静脈;9眼角静脈;10前頭静脈と眼角静脈との吻合;III下顎後静脈;IV側頭静脈;[V顎静脈];11中硬膜静脈;[12下顎静脈];13咀嚼筋からの静脈;14吻合;15翼口蓋窩.
いく本かの細い静脈が鼓室から錐体鱗裂を通って上錐体静脈洞にはいる.また1本の細い静脈は迷路の前庭から前庭小管を通って同じく上錐体静脈洞に入り,もう1本は弓状下裂または弓状下窩をでて,すなわち半規管のところからきて上錐体静脈洞に達する.蝸牛小管の外口,とりわけ内耳道は蝸牛からの静脈を下錐体静脈洞に導いている.最後にあげた静脈は3本ないし4本あって,迷路静脈Vv. labyrinthiと呼ばれる.
これは耳介の後で後頭静脈V. occipitalisと耳介後静脈Vena retroauricularisとが合することによってできあがる.ついで広頚筋と浅頚筋膜のあいだを下方にすすみ,頚の下部で胸鎖乳突筋の後縁に達する.そして肩甲舌骨筋の下腹の前方かまたは後方で,頚筋膜の浅葉と中葉を貫いて,1本あるいは2本以上の小幹をもって腕頭静脈に開口するが,ときには内頚静脈または鎖骨下静脈にも開いている(図680).しばしばその中央の高さに1対の弁がみられ,また常にその下端の開口部には1対の弁がある.
途中で周囲から細い静脈を受けとり,上方でに下顎後静脈あるいは顔面静脈と1本の太い吻合枝によってつながっている.下顎後静脈または顔面静脈がこの静脈に移行していることもある.この静脈にはいるものを次にあげる.
a)後頭静脈V. occipitalis.その領域は同名の動脈と一致する(図681).
b)耳介後静脈V. retroauricularlis. 耳の後で浅層の静脈叢からおこり,しばしば乳突導出静脈をも受け入れている(図680)
c)前浅頚静脈V. jugularis superficialis ventralis(図680).これは舌骨の高さでオトガイ下部の若干の皮静脈が集まってできあがる.そしてあるときは正中線の近くを走り,また左右両側に共通な1本の幹すなわち頚正中静脈Vena mediana colliを作っていることがあって1つの静脈網が前頚部の血液を集めてこれに注いでいる.
他のばあいは胸鎖乳突筋の前縁に沿って走り,この筋に被われて外側に向い,外側浅頚静脈と合する.あるいはまた外側浅頚静脈と吻合して,鎖骨下静脈に開口している.左右の前浅頚静脈の下部はしばしば横走する静脈弓,頚静脈弓Arcus venosus juguli(その一部が胸鎖乳突筋に被われる)によってたがいにつながっている.しばしば前頚部の静脈網から短い小幹だけが出ていて,これが頚の下部にある横走の静脈に開口していることがある.ついでこの横走する静脈は左右の外側浅頚静脈の下端部とつながっている.
d)肩甲上静脈V. suprascapularis.たいてい2本の静脈であって,同名動脈の両側を走り,集まって1本の小幹となり,外側浅頚静脈の下端部か鎖骨下静脈に開口している.
e)頚横静脈Vv. transversae colliは同名の動脈と並んで走り,しばしば肩甲上静脈と合して1本の幹を作り,外側浅頚静脈か鎖骨下静脈に開口している.
鎖骨下静脈は上肢と肩からの血液を集め,なお胸壁の一部からも血液を集める.したがって鎖骨下動脈とだいたい同じ分布区域をもっている.
第1肋骨の外縁から胸骨柄のところまで伸びていて,胸鎖関節の後で内頚静脈と合流して腕頭静脈をつくる.第1肋骨の上では,すでに前に述べたように前斜角筋によって鎖骨下動脈とへだてられている.非常にまれに動脈とともに前斜角筋の後を通る.内頚静脈に合するところには多くのばあい1対の弁がある.
腋窩静脈は上肢のすべての血液を受けとるもので,著しく太くて,少数の弁をもっている.大胸筋の下縁から第1肋骨のところまで伸びており,鎖骨下静脈に続いている.
腋窩動脈の内側を走っていて,前胸部の諸筋と烏口鎖骨胸筋膜に被われている.その初まりの近くで橈側皮静脈V. cephalicaを受け入れる.そのほか途中で胸腹壁静脈V. thoracoepigastrica,外側胸静脈V. thoracica lateralis,胸肩峰静脈V. thoracoacromialisが開口し,また乳頭静脈叢Plexus venosus mamillaeからの枝が流入する.さらに肋腋窩静脈Vv. costoaxillaresもこれに入るが,この静脈は第1~第6(7)肋間隙からやって来るもので,肋間静脈とつづいている.
腕の静脈は浅層と深層に区別される.両層のものが多数の弁をもっていて,特にそれは深層のものに多い.なかでも細い静脈がいっそう太い静脈に開口するところには必ず弁がみられる.
両層の静脈は若干の場所でたがいに結合していて,深層の仕事の重荷を浅層に移すようにできている.しかしまた浅層の静脈が途中で深層にはいっていくのもある.
深層の静脈はいつも手,前腕の動脈の両側た伴っており,多くの場所で横走する吻合によってたがいにつながるので,ときには動脈のまわりに狭い輪をなしてからみついた形をしている.深層の静脈には上腕静脈Vv. brachiales,橈骨静脈Vv. radiales,尺骨静脈Vv. ulnares,浅常静脈弓,深掌静脈弓Arcus venosus volaris superficialis et profundus,総掌側指静脈Vv. digitales volares communes,背側中手静脈,掌側中手静脈Vv. metacarpicae dorsales et volares,固有掌側指静脈Vv. digitales volares propriaeがある.これら深層の静脈は動脈の走行に沿っているので,特別に言うことがない.それぞれ1本の尺側と橈側の伴行静脈が区別されるのである.
これらのたがいに近接する静脈の間のつながりのほかに,多くの場所ではたがいにかなり遠くへだたっている静脈の間にもつながりがある.すなわち深層の静脈同志のあいだで,あるいはすでに述べたごとく深層のものと浅層のものとのつながりである.深層と浅層の静脈間のつながりは関節の近くで常によく発達しでいる.これはすべて上肢がさまざまな運動をするにさいして血流が阻止されないことに役だっている.
上肢の皮静脈は深層の静脈よりもいっそう発達している.これは皮膚の静脈のみでなく浅い所にある諸筋からのいくつかの静脈を集めて,筋膜の穴を通ってかなり数多くの場所で深層の静脈とつながっている.これを手,前腕,上腕の皮静脈に分ける.
手では浅層の静脈が手背において数も多くて太いが,手掌では痕跡的であり細い.掌側ではほかの装置,つまり神経が特によく発達しているのである.したがって手に神経側Nerwenseiteと血管側Gefäßseiteを区別することができる.手の掌側面は圧力を多く受けるので,そのうちの1つの装置(神経)だけの発達には好都合であるが,もう1つの装置(静脈)の形成には都合がわるい.そのため指と中手と手根の背側には豊富な静脈網が広がっており,これを手背静脈網Rete venosum dorsale manusという.
指の背面の静脈網では各指に主な流れの方向を示す2本の縦の小幹が多少ともはっきりと認められるが,これが指の背側の側副静脈dorsale Kollateralvenenである.これは爪床にある密な静脈網から始まって,指の縁に沿って近位にすすんでいる.それゆえ橈側と尺側の指背の側副静脈があることになる.1本の指に属する側副静脈はその途中で多数の吻合枝をたがいに出し合っているが,この吻合枝は特に指節の中央部にあって,そこできれいな網を形成している.これが指背静脈網Rete dorsale digitorum manusである.
中手に達するとたがいに向き合った指の縁を走ってきたそれぞれ1本の橈側と尺側の側副静脈が合して近位に向う1本の小幹,背側中手静脈V. metacarpica dorsalisとなっている.第1指の橈側側副静脈と第5指の尺側側副静脈は中手の縁の静脈としてそのまま縦走を続けてゆく.これら2本の静脈とそのほかの背側中手静脈はたがいに細かい静脈網によってつながっている.
すでに中手の範囲で縦走する静脈がいっそう集合しはじめる.指の浅層では主な縦走の静脈が10本あったが,中手ではそれが6本ないし7本の縦の道に減じている.さらにこれらが2本から3本のいっそう太い縦の静脈に集まり,前腕に移行する.その集合する形は非常にいろいろなぐあいになっている.しばしば第2背側中手静脈がもっとも短くて,ただちに橈側と尺側のそれぞれ1枝に分れる.この2本が橈側と尺側にたがいに別れつつ近位にすすみ,次第にほかの縦走する中手静脈を受けとり,遠位に向かって凸の1つの大きい弓形を画く.この部分を手背静脈弓Arcus venosus dorsalis manusという.第1背側中手静脈はまた母指橈側皮静脈V. cephalica pollicisという特別な名をもっており,それに対して第4背側中手静脈は手背静脈V. salvatellaという名をもっている.手背静脈に手背静脈弓の尺側脚が注ぎ,母指橈側皮静脈には後者の橈側脚が注いでいる.このようにして太くなった手背静脈が前腕へ移行して尺側皮静脈V. basilicaという名前になり,また太くなった母指橈側皮静脈が橈側皮静脈V. cephalicaという名前となる.また一部は中央の幹である前腕正中静脈V. mediana antebrachiiとなる.
上にあげた3本の縦走する前腕の静脈,すなわち橈側皮静脈V. cephalica,尺側皮静脈V. basilica,肘正中皮静脈V. mediana cubitiのうち,前者は前腕の外側縁に,中の者は前腕の内側縁に沿っており,後者は屈側の中央部を上方にすすんでいる.
[図689] 右上肢(伸側)の皮静脈(Corning, topogr. Anatomieによる).
さらに第4の縦の静脈があることがまれではない.これは前腕の伸側にあって背側前腕皮静脈V. subcutanea antebrachii dorsalisといい,手背の静脈網から出て前腕の背側面を上方にすすんで肘のところまで達し,ここで方向を変えて尺側正中皮静脈に開口する.
α. 橈側皮静脈V. cephalia(図687, 689).すでに記載したようなぐあいに,母指橈側皮静脈と手背静脈弓の橈側脚が合して生ずる1本の太い静脈で,手根関節のところをまわって前腕の屈側にきて,その外側縁に沿って上方にすすむ.その途中で掌側と背側にある多数の静脈とつながっている.肘窩のところでは上腕二頭筋の外側縁において前腕正中皮静脈がいろいろな形で橈側皮静脈と合している.ついで上腕二頭筋の外側縁に沿ってさらに上方に走り,筋膜を貫いて三角筋と大胸筋のあいだに入り,付近の細い静脈を受けとって,烏口鎖骨胸筋膜を貫き烏口突起と鎖骨のあいだで腋窩静脈に開口している(図508).
副橈側皮静脈V. cephalica accessoriaは手背の静脈から始まり前腕の背側面を走って,橈側皮静脈に達する.
β. 尺側皮静脈V. basilica(図687).この静脈はしばしば2本の小幹として前腕の内側面を肘窩に向かってすすむ.背側の幹は初めはかなり伸側によっているが肘窩のところで掌側にきて,そこで掌側の幹につながる.その合するところで肘正中皮静脈V. mediana cubitiがこれにはいる.こうして出来上がった太い静脈はたいてい上肢の皮下の静脈のなかでもっとも太いもので,尺側皮静脈V. basilicaとして尺側上腕二頭筋溝に沿って上方にすすむ.ここでは上腕動脈の走行に伴なっている.上腕の中央あたりの高さで上腕筋膜の尺側皮静脈裂孔Hiatus basilicusを通って深層にはいり,遅かれ早かれ2本の上腕静脈のうち内側のものに開口する.
尺側皮静脈は筋膜下を深層の血管に伴って腋窩まで達し,そこで腋窩静脈の基礎を作ることがある.そのときはこれに上腕静脈が流入している.ほかの例では筋膜の尺側皮静脈裂孔のあたりで上腕静脈の,たいていは内側のものにはいっている.あるいは上腕静脈の1本とただ1つの吻合をもっている.または2本の上腕静脈と多数の横走枝でつながって動脈の周囲に網を作り,この網からずっと上方で初めて腋窩静脈が出ている.しかしたとえ腋窩静脈がどのような形ででき上つているとしても,常に腋窩動脈と伴行する細い何本かの静脈があって,これらは第1肋骨の上を越えるところまで走り,ずっとあとで鎖骨下静脈にはいっている(Kadyi).
γ. 前腕正中皮静脈V. mediana antebrachii(図687)
これは前腕の下端で1つの静脈網から出て,前腕正中皮静脈とよばれて橈側皮静脈と尺側皮静脈のあいだを肘窩に向かってすすむ.そこで2本に分れて尺側正中皮静脈V. mediana basilicaと橈側正中皮静脈V. mediana cephalicaとなり,たがいに離れて餅めの方向にすすみ,一方は橈側皮静脈に,他方は尺側皮静脈に合する.あるいはまた肘窩の浅層を斜めに走る静脈,すなわち肘正中皮静脈V. mediana cubitiに開いているが,後者は橈側皮静脈から出て内側上方に尺側皮静脈に向かっているものである.また前腕深層の静脈とのつながりとして深正中静脈V. mediana profundaがある.
変異:まれに橈側皮静脈がそれぞれ1本の浅層と深層の枝に分れている.浅枝はついで鎖骨の上をへて鎖骨下静脈に入り,深枝は鎖骨の下で腋窩静脈に開口する.
右縦胸静脈V. thoracica longitudinalis dextra(奇静脈Vena azygos(Azygos vein))は脊柱の右側前面にあって,上下の大静脈をつないでいる幹であり,これと同じような初期発生を示すがただそれほど完全な形にでき上らないことが普通であるところの左縦胸静脈V. thoracica longitudinalis sinistra(半奇静脈V. hemiazygos(Hemi-azygos vein; Inferior hemi-azygos vein))という左側の幹とともに,上下の大静脈の右心房への開口個所のあいだに残された隙間を満しているようなものである.左右の幹は著しいひろがりを示して胴の分節静脈を受けとり,また後者をいろいろな違ったぐあいに主幹とつなぎ合せている.
左右の縦胸静脈はすでに腰部でそれぞれ上行腰静脈V. lumbalis ascendensをもって始まっているのが普通である.上行腰静脈は腰椎の肋骨突起の前を大腰筋に被われて多くのばあい軽くまがって上方にすすんでいる.またたいてい総腸骨静脈か,叉はその骨盤枝とつながり,上方に走りながら腰静脈と合する.しばしばその前方にある腎静脈ともいっしょになっている.またしばしば左右のものが直接に下大静脈につづいている.横隔膜のところではやや正中線に近づく.かくして肋骨突起のところから椎体に達し,大内臓神経とともに横隔膜の腰椎部の中間脚の裂け目をへて(まれに大動脈裂孔を通り,または交感神経幹とともに横隔膜の中間脚と外側脚のあいだを通って)胸腔にはいる.そこから縦胸静脈はその本当の名前となるのである.
右縦胸静脈(奇静脈)は椎体前面の右半部の上を上方にすすみ,第4か第5胸椎のところでやs右後方に向い,かくして肺根に密接して右気管支のうしろに達する.ついでそれを越えて前方にまがり,心膜嚢の上で上大静脈に開口している.
胸腔にはいるさいには胸管の右側に密接しており,胸管によって胸大動脈と食道とからへだてられている.そこでは分節動脈の前を走り胸膜の肋椎部で被われている.
左縦胸静脈は左側にあって,胸腔の下部では右縦胸静脈と同じ走り方をしているが,ただ第10または第9胸椎から第7胸椎の高さまでは下行する胸大動脈のそばを上方にすすんでいる.そこで脊柱に密接して右にまがって大動脈,食道,胸管のうしろを通り,右縦胸静脈に達してこれに開口している.
変異:左縦胸静脈はまた大動脈の前を右縦胸静脈に向うことがある (Hafferl, Anat. Anz., 57. Bd.,1924).
胸腔を上方にすすむうちに,左右の縦胸静脈は多くの静脈をうけ入れ,またほかの静脈とつながっている.これに流入するものに分節静脈segmental Gefäße,なかでも肋間静脈Venae intercostales,さらに臓側枝,特に食道静脈Vv. oesophagicae,後気管支静脈Vv. bronchales dorsalesおよび縦隔後部から来るそのほかの枝である.
神経は交感神経の縦隔枝から来る(Braeucker).
この静脈は胸壁の深層と脊髄の胸部から血液を集めるもので,同名動脈のそばを通り,肋間隙の後部で1本の背枝Ramus dorsalisを受けとる.背枝は背中の皮膚と筋肉から血液を集め,また脊髄枝Ramus spinalisによって脊柱管からも血液を集める.椎体の側面では伴行する動脈の前上方にある.この静脈には弁がある.第12肋骨の静脈は肋下静脈V. subcostalisとよばれる.
右肋間静脈Vv. intercostales dextraeは第1,または第1と第2のものを除いては右縦胸静脈に開口するのが普通である.下方の肋間静脈は別々に右縦胸静脈に開いているが,上方のものはしばしば1本の共通の幹に集まっている.またこの幹がときどき最上肋間静脈をもうけいれている.あるいは少なくとも縦の吻合によってこれとつながっている.
左肋間静脈Vv. intercostales sinistraeはいろいろ違った関係を示している.最下部の4本ないし6本の静脈は左縦胸静脈にはいっている.中央のふつう2本ないし3本の静脈は椎体の前を通って,たいていは直接に,あるいは1本の共通の幹に合して右縦胸静脈に入る.
[図690] 左右の縦胸静脈Venae thoracicae longitudinalesとそのつながり,および胸管Ductus thoracicusを示す.
第2ないし第5の胸分節に相当する上部の静脈は多くのばあい1本の幹に集まり,この幹は左腕頭静脈あるいは右縦胸静脈に合する.この幹を副左縦胸静脈V. thoracica longitudinalis sinistra accessoria とよぶ.この静脈が左腕頭静脈と右縦胸静脈とに同時につながっていることがある.さらにこの幹が左縦胸静脈をも受けとることがあり,かくして左側のすべての肋間静脈がたがいにつながって,そのうえで右縦胸静脈にも左腕頭静脈にも合している.
脊柱の静脈は密な静脈叢をなして,脊柱の全長にわたって,その外面および脊柱管の内部に存在している.
これはすべての分節静脈の背枝Rami dorsalesを通じて,それが体幹の頚部であろうが,胸部,腰部,仙骨部の何れであろうが同じ関係を示して,上大静脈と下大静脈とにつながっている.また大後頭孔のところでは脳に属する静脈腔および頭蓋外面の静脈と合している.
脊柱の外面と脊柱管のなかにある静脈叢には前方のものと後方のものが分けられる.なおまた椎体,脊髄,脊髄の被膜の静脈がこれらの静脈叢に流れこんでいる.
a)前椎骨静脈叢Plexus venosi vertebrales ventrales.脊柱の前面にある小さい静脈と静脈叢であって,椎体および前方の靱帯の所々からの血液が集まる.そして一部は分節静脈,またはその代りになっている静脈に注ぎ,一部は近くにある他の静脈(縦胸静脈など)に開口し,また一部は椎体内の静脈(椎体静脈Vv. basivertebrales)とつながっている.
b)後椎骨静脈叢Plexus venosi vertebrales dorsales.これは椎弓,横突起, 棘突起の後面で,左右両側に静脈叢を作り,骨と背中の深層の諸筋および皮膚の血液を受け入れている.
この静脈は椎弓間靱帯を貫いて脊柱管の静脈とつづいている.また椎間孔から出る脊髄枝Rami spinalesを受けとった後に,血液を各々の高さにある分節静脈に注いでいる.
これは強力な静脈叢であって,その基礎をなしているのは縦走する4本の静脈叢の束である.そのうちの2本は椎体の後面で脊柱の後部を縦走する靱帯の両側にあり,他の2本は脊柱管の後壁に接している(図691).
縦走する静脈の束は多数の横の吻合によってたがいにつながる.また椎間孔をへて外方の静脈ともつづいている.この血液は頚部では椎骨静脈にそそぎ,胸部と腹部では肋間静脈と腰静脈に,骨盤では外側仙骨静脈にはいる.
椎体静脈Vv. basivertebralesは椎体の内部にある幅の広い静脈で,板間静脈と同じく海綿質の管のなかをとおる(図692).
[図691] 内椎骨静脈叢Plexus venosi vertebrales interni脊柱管は第12胸椎から第1腰椎までの範囲は前額断,第2~3腰椎の範囲は矢状断により開いてある.
[図692] 1個の胸椎を横断し,これに属する静脈を示す. (Breschetによる)
この静脈は水平の方向に放射状に走って,椎体後面の近くにある1つの弓状の骨内静脈に集まる.この骨内静脈は椎体の後面にある1つか2つの穴を通って脊柱管に達し,そこにある静脈に注ぐ. また椎体の前面にある静脈ともつながり,途中に弁をもっていないので,そのなかの血液は前後のいずれの方向にも自由に流れて外にでる.側方では椎弓からの静脈とつながっている.
この静脈は硬膜の作る袋のなかで柔膜に分布し,また脊髄の実質内に広がっている.柔膜のものは細くて長く脊髄の前後両面を走って,広がった網をなしている.この網は椎間静脈Vv. intervertebralesによって外方のものとつづいている.
脊髄静脈には前外脊髄静脈と後外脊髄静脈Vv. spinales externae ventrales et dorsalesおよび内脊髄静脈Vv. spinales internaeが区別される.
この静脈は分節的な枝によってほかの脊柱の静脈と結合している.この分節的な枝はここにある動脈がやはりそうであるように血管の配列の本来の形を示しており,椎間孔を通って出てゆく神経に伴なっている.
頭蓋の近くでは若干数の細い幹となって,椎骨静脈・小脳の静脈・頭蓋腔の下部の静脈洞とつながっている.
脊髄硬膜Dura mater spinalisのもつ小さい静脈は近くにある脊髄と脊柱管の静脈とつづいている.
外椎骨静脈叢と内椎骨静脈叢の血液はどの部分でも主に横の方向に流れるのである.そして血液は脊柱の外にある太い静脈,すなわち椎骨静脈,縦胸静脈,内腸骨静脈に入る.
これは下肢の血液ならびに骨盤,腹腔の内臓,骨盤腔と腹腔の壁,下部の脊髄およびその被膜からの血液を集めている.
第4ないし第5腰椎の右側で,右総腸骨動脈の右後方で,左右の総腸骨静脈が合してこの静脈がはじまる.ついで腹大動脈の右側を上方に横隔膜に向かって上行するが,そのさい次第に大動脈から離れていく.大動脈は横隔膜の大動脈裂孔Hiatus aorticusをとおるが,下大静脈はまず肝臓の右の縦裂の後部に入り,ついで横隔膜の大静脈孔Foramen venae cavaeに向い,これを通って心膜嚢のなかに入り,まもなく右心房に開口する(図600).
局所解剖:この強大な静脈の幹はかくして腹腔の後壁を右上方に向かって斜めに走っている.下方では大腰筋の内側縁,腰椎体の右側縁,交感神経幹の前方にあり,上方では横隔膜腰椎部の前方にある.下大静脈の後方には右腰動脈と右腎動脈がとおる.また前方には右精巣動脈が斜め下方に向かって走っている.おなじく前方には小腸間膜, 十二指腸下行部,膵臓,上腸間膜動脈および門脈があり,さらにもっと上方では肝臓がその前方にある.外側には右の尿管,右の腎臓と腎上体がある.
a)中仙骨静脈V. sacralis media.上方では1本であるが,下方ではしばしば重複しており,尾動脈に伴なっていて,左総腸骨静脈かあるいは直接に下大静脈に開口する.
この静脈は前仙骨静脈叢の形成にあずかる.
b)総腸骨静脈V. ilica communis.これには臓側枝と壁側枝とがある.このことについてはすぐ後の章で別に説明することにする.
c)腰静脈Vv. lumbalesは同名動脈と同じような配置をもっており,典型的な背枝Ramus dorsalisを受け入れている.背枝は背中の諸筋からきて,腰椎の肋骨突起のあいだを通るときに,そこの椎間孔をへて来る脊髄枝Ramus spinalisを受けとるのである.
[図693] 女の骨盤の静脈(1/2) (Nuhn, Chirurg.-anatom. Tafeln. Mannheim 1847~1855による)
この静脈幹は側腹壁の血液を集め,また前腹壁の静脈とつながっている.背枝と前枝とが合した幹は大腰筋の後方,脊柱の前面をへて下大静脈に向かってすすむが,そのさい左側のものは大動脈のうしろを通る.何本かの幹が脊柱の前でたがいに合して,共通の幹で大静脈に開いていることがある.腰椎の肋骨突起の前にはすでに654頁に記載した上行腰静脈V. lumbalis ascendensという縦走する鎖状の吻合がある.これは上下の腰静脈をたがいにつなぎ,またたいてい総腸骨静脈ともつづいている(図690).
d)下横隔静脈 V. phrenica abdominalis.これは同名動脈に伴なっていて,直接あるいは間接つまり近くの静脈と合した上で下大静脈に開口している.
a)精巣静脈V. spermatica(=testicularis).精巣静脈は男において精巣から出て,精索の一部を成して,これと共に鼡径管を通って腹腔にはいる.精巣からは多数の細い精巣静脈Vv. testicularesが精巣の上端部でその間膜縁で白膜から出てきて,精巣上体からの細い静脈といっしょになり,何本かの細い小幹として上行する.この小幹の群は蔓状静脈叢Plexus pampiniformisという密な静脈叢を作っている.これらの静脈は次第に集まって1本または2本の幹となり,腹腔にはいってからは腹膜に被われて大腰筋の上を上方にすすむ(図600).右精巣静脈は上大静脈に開口し,左精巣静脈は腎静脈に開口するのが普通である.各側のものが上方においてもなお2本の幹に分れているさいは,右精巣静脈のうちの1本はたいてい腎静脈に開き,左側のものは2本とも腎静脈にはいっているものである.
女ではこれに当るものが卵巣静脈V. ovaricaで,卵巣から来ている.これは卵巣門のところにある密な静脈叢からでてくる.この静脈叢はついで子宮広ヒダのなかにあるいっそう大きい静脈叢(蔓状静脈叢Plexus pampiniformis)に移行し,そこから卵巣静脈が発して卵巣動脈に沿って上方にすすむ.卵巣静脈は男の精巣静脈と同じようなぐあいに腎静脈や下大静脈に合している.精巣静脈も卵巣静脈も弁をもっている(特に開口部にはそれがある).
b)腎静脈V. renalis.腎静脈は腎門のところで数多くの根が合してできて,1本の太くて短い幹となり,動脈の前を下大静脈に向かって横に走り,これに直角をなして合する(図600).
左の腎静脈の方がいっそう長くて,大動脈の前を越えて走っている.左右の腎静脈はその途中で腎上体静脈を受けとる.左腎静脈には多くのばあい精巣静脈(卵巣静・脈)も開口している.
c)腎上体静脈Vv. suprarenales.腎上体の静脈は若干の細い根をもって腎上体門から出ている. この静脈は左右各側ともたいていはただ1本の短いがかなり太い幹をなし,左のものは腎静脈に注ぎ,まれには横隔膜静脈の1つに入る.右のものはたいてい下大静脈に入るが,しばしばまた腎静脈に注いでいる.
d)肝静脈 Vv. hepaticae.肝静脈は下大静脈が肝臓の右の縦裂にうずまっているところでこれに斜めにはいっている.これはたいてい3本あって,完全に肝臓の実質に囲まれ,指の太さ位までの太い幹であり,肝臓の付着部のところにこの3本が集まってでてくる(図600).
この太い静脈のほかに,もっと細い肝静脈があって,やはり大静脈にはいっている.肝静脈は門脈Pfortaderと肝動脈によって肝臓に導かれた血液を受けとるものである.左側の太い肝静脈は大静脈に開口するすぐ前に静脈管索とつながっている.これは(Böttcher, Z. AIlat. Entw., 68. Bd.,1923によると)年を経るとともに次第に退化してゆく.
変異:下大静脈がその下部では大動脈の左側にあって,左腎静脈を受けとってから大動脈の上を越えて,初めてその本来の位置となることがときおりみられる.胸部と腹部の内臓が逆位になっている場合だけは下大静脈が心臓に達するまでずっと左側を通っている.
それよりもいっそう多いのは左右の総腸骨静脈が正常の高さでたがいに合しないで,おのおの分れたま,で大動脈の両側を上方に走り,それぞれのがわの腎静脈とつながっていることである.こうしてできた左側の幹が大動脈の前を越えて右側の幹といっしょになり,初めて腹腔の上部で下大静脈ができている.
さらに下大静脈が右心房に直接に開かないで右縦胸静脈に開いていることがあって,そのときは右縦胸静脈がいちじるしく太くなっている.このような場合には体全部の血液,つまり上半身のみでなく下半身のものも腹部内臓の血液を除いてみな上大静脈により右心房に達するわけである.
[図694] 門脈とその根の模型図(Quainによる) (1/3)
肝臓は上方にもち上げて,その内臓面がよく見えるようにしている.
この場合に肝静脈は下大静脈にはいらないで1本の幹となって下大静脈が正常のばあい右心房へ開口するところに直接に達している.まれに左の腎静脈が大動脈の後をへて下大静脈にはいっている.はなはだ注目すべき1例として肝静脈のうちの1本が下大静脈にも右心房にも終らずに,右心室にいたり,その開口部に弁がみられた.
門脈は腹腔の大きな静脈で,多数の内臓静脈が合流してこれをなし,短い経過ののち肝門にはいり(図695, 20),肝臓のなかで枝分れをして,その全部にひろがる毛細管系を作り,すぐ上に述べた肝静脈となって肝臓から出る.
すなわち門脈はほかの諸静脈とは異なって,小さい根が合して次第に太い静脈となって,それがもはや分枝しないというものでない.門派の根は胃と腸の全部,それに膵臓および脾臓からやって来るが,これらの静脈を門脈の外根äußere Wurzelnともいい,これに対して肝動脈が導いた血液を集めて,門脈の枝に注ぎこんでいる肝臓内に広がる多数の細い静脈を内根innere Wurzelnとして区別する.
幹も枝も胃に分枝するもの以外は弁をもっていない(Hochstetter 1897).
門脈の幹は6~8cmの長さで,膵頭のうしろで上腸間膜静脈と脾静脈とが合することによって始ま り,斜めに右上方に向かって肝門にいたる(図663).
その途中では幹の前方で左に肝動脈があり,右に総胆管がある.これらのものが幹をかなり完全に前方から被っている.この3つは疎性結合組織によってまとめられて肝臓の索Leberstrangとなり,肝神経叢の神経や多数のリンパ管でとりまかれ,また小網の右方の部分,すなわち肝十二指腸部のなかに包まれている.--非常にまれなことながら門脈の幹が十二指腸の前方を走ることがある(Pernkopf, Z. Anat. Entw.,97. Bd.,1923).--肝門に入るさいに門脈の幹は広がって門脈洞Sinus venae portaeを作り,そこからはなはだ鈍い角度をなしてその2本の主枝が発している.
この2本の主枝は肝門の右端の近くで幹から出る.右枝Ramus dexterはすぐに肝臓の右葉の実質内にいり,そこで多数の枝に分れて,そのおのおのがそれぞれ1本の肝動脈の枝と胆管の枝とに伴なわれてすすむ,左枝Ramus sinisterは右枝よりも細いが長くて,肝臓の横の溝の大部分を通過し,そこで方形葉と尾状葉に枝をあたえ,ついで肝臓の左葉にはいってそこで広がっている.
[図695] 門脈とその根(1/5)
肝臓と胃は上方に折り返し十二指腸の初めの部分と横行結腸は切り取ってある.1肝臓の左葉;2方形葉;3右葉;4胆嚢;5胃;6十二指腸;7空腸と回腸;8盲腸;9上行結腸;10下行結腸;11S 状結腸;12膀胱;13脾臓と脾臓枝;14膵臓と膵臓静脈;15上腸間膜静脈;16下腸間膜静脈;17短胃静脈;18脾静脈 左胃大網静脈が上方から,下腸間膜静脈が下方から開口しているところ;19胃冠状静脈;20門脈.
門脈の主根は胃冠状静脈V. coronaria ventriculi,脾静脈V. lienalis,上腸間膜静脈V. mesenterica cranialis,下腸間膜静脈V. mesenterica caudalisである.胆嚢静脈V. vescicae felleaeは門脈の幹にはいるか,または門脈の右枝に合する.
a) 胃冠状静脈Vena coronaria ventriculi.胃冠状静脈は胃の小弯に沿い,左胃動脈と平行して噴門にいたり,脊柱の前を右横に向かって門脈の幹にはいるが,ときとして脾静脈にも合している(図694, 695).
b)上腸間膜静脈V. mesenterica cranialis(図694, 695).この静脈幹は上腸間膜動脈の右側にある.その根の分布と走行は動脈の枝と同じ関係を保っている.すなわちこの静脈は小腸や上行横行結腸を源とする小腸静脈Vv. intestinales(回腸と空腸からくる),回結腸静脈V. iliocolica,右結腸静脈Vv. colicae dextrae,中結腸静脈V. colica mediaからなりたっている.こうしてできた幹が右上方にすすみ,十二指腸の下部の前面をこえて膵臓の後面にいたり,膵十二指腸静脈Vv. pancreaticoduodenales,および少数の膵静脈Vv. pancreaticaeと十二指腸静脈Vv. duodenalesとを受けとり,ときとしてはなお下腸間膜静脈も受けている.その上で脾静脈と合する.それより前に右胃大網静脈V. gastroepiploica dextraがこれと合していることも非常に多い.ほかの場合には右胃大網静脈が脾静脈に入るか,あるいは右結腸静脈の1本と合して胃結腸静脈V. gastrocolicaをなしている.
c)下腸間膜静脈V. mesenterica caudalis(図694, 695).これは同名の動脈と全く一致した関係を示している」下方ではこの静脈に属する上直腸静脈V. rectalis cranialisによって広汎な直腸静脈叢とつづいている.骨盤のところから軽く左に凸の弓を画いて上方にすすみ,S状結腸静脈Vv. sigmoideaeと若干本の左結腸静脈Vv. colicae sinistraeを受けとり,個体的にいろいろちがう場所で膵臓のうしろにはいる.たいていこの静脈は脾静脈と合する.またときには下腸間膜静脈が門脈の初まりのところで門脈にはいっている.あるいは上腸間膜静脈に開いていることもある.
d)脾静脈V. lienalis(図694).脾静脈はたいてい非常に太く,脾臓の血液, 胃の大きい部分や膵臓からの血液の一部,十二指腸からの血液を門脈に導いており,また下腸間膜静脈と合することによって下行結腸と直腸の血液をも門脈に導いている.
脾静脈は脾門から別々に出てくる少数の根をもって始まり,これらの根がすぐ1本の幹に集まる.ついでこの幹は数本の短胃静脈Vv. gastricae brevesを受けとり,また左胃大網静脈V. gastroepiploica sinistra,若干の膵静脈Vv. pancreaticaeおよび十二指腸静脈Vv. duodenalesを合せて,膵臓のうしろで脾動脈の下方を左から右にすすみ,その間に遅かれ早かれ下腸間膜静脈を受けとり,ついで膵頭のうしろにおいてほとんど直角をなして上腸間膜静脈と合する.
胎生期において臍静脈V. umbilicalisが門脈および下大静脈と重要な関係を示すことについてはもっと後で述べるが,ここでは騰静脈の内腔が開いたまま残っている重要な場合について述べる.
臍静脈V. umbilicalisは胎生期に酸素と新しい栄養素とを含んだ血液を胎盤から外に導いているが,胎児だけに必要で,出産後は余分なものとなってしまうほかのすべての血管と同じ運命におかれるのである.その変化はちょうど結紮して遮断された血管がたどるものと同じである.それゆえ閉鎖(閉塞 Obliteration)は末端部,すなわち隣に残っている静脈の部分にだけ常に完全におこり,それに対してもっと中心にある部分は大なり小なり細い管が遺存しているのが普通である.この管は個体の生存中,しかも正常のばあいは求心性の方向に血液を通している(P. Baumgarten).残存する管のなかの血流のおこりをなすのは,隣のところで始まる幾本かの細い静脈枝であって,これはたいてい臍静脈の中1/3のところで,これに注ぐがそのほかいろいろな高さにおいても臍静脈の残りの管にはいっている.この吻合に関しては臍静脈が全面的に腹壁の静脈に基づくということ(結論の項を参照)を知っておく必要がある.この脾傍静脈枝adumbilikale Venenästeのうちもっとも太くて必ず存在するものは胎児のバロー静脈Burwosche Veneという名でよばれている.全例の約1/4~1/3においてバロー静脈が直接に臍静脈へ開かずに,肝臓の門脈系に注いでいる.これをサペイ副臍静脈Sappeysehe Paraumbilikalveneと名づける.しかしこの場合も臍静脈に枝がないわけではなく,バウムガルテンの介在静脈Schaltvenen von Baumgartenとよばれる細い臍傍静脈の何れか1つが臍静脈に開口する.不完全に閉塞した臍静脈に残存している管の広さと長さは,これにはいる枝の太さと数とその開口部位によって定まるので,ある場合には後になっても大小いろいろのゾンデを6~10 cmも通しうることもあり,ただ髪の毛を通しうるほどのごく細い管であることもある.例外として臍静脈に1本も枝が開いていないときはこれが完全に癒着してしまっている.
肝臓の循環障害,たとえば肝臓の線維増殖(肝硬変)といったような場合におこる循環障害のさいには,上述の残存する管が広くなる.その広がる程度は肝臓の変性のつよさにも関係するが,特にまた残存する管が初めからどれくらい広いかにも関係している.それゆえ病変が同じ程度であっても,ある場合には非常に細いこともあり,またガチョウの羽茎,ないし人の指の太さほどの血管が臍静脈索の中心にみとめられることがある.このように残存する管が広がっているさいにはその管の側枝,すなわちバロー静脈,介在静脈,およびこれらの側枝とつづく臍静脈索と肝鎌状間膜内のすべての静脈網も広がり,さらに前腹壁の静脈も広くなって,ときとして“メジュサ頭Caput Medusae”と呼ばれる静脈群をなすのである.残存する管が狭いさいには,サペエイの副脇静脈が主な側副路をなしていて,うつ血のある門脈の血液を腹壁の静脈を通じて導きだそうとする.His, Arch. Anat,1895, Suppl.-Bd., S.150参照.
門脈の外根と上大静脈および下大静脈のつながり.上大静脈とのつながりは胃冠状静脈によって食道静脈との間のものと,縦胸静脈にいたるものとがあり,下大静脈とは下腸間膜静脈の上直腸静脈によって直腸静脈叢との間にある(図696).また臍静脈の残存する管ないし,サペエイ副臍静脈および臍傍静脈によって上下の腹壁静脈につづき,なお浅腹壁静脈と胸腹壁静脈もその連絡にあずかる.
この静脈はだいたいに同名の動脈が分布するのと同じ領域から血液を集めている.
仙腸関節のところから第4と第5腰椎の椎間円板のところまでのびており,そこの右側面で左右の総腸骨静脈が合して下大静脈となる(図600, 690).右側のものはやや短くて,またいっそうまっすぐに走り,傾斜も急であって動脈の右後がわに位置している.左の総腸骨静脈はそれより長くて,またいっそう強くかたむいていて同名動脈の内側に接しており,中仙骨静脈V. sacralis mediaを受けとり,右総腸骨動脈の初まりの部のうしろで右総腸骨静脈と合する(図600).
[図696] 下大静脈系と門脈とのつながり(模型図)
この静脈の諸根はだいたいにおいて内腸骨動脈の枝と一致した分布をもって始まっている.もっとも胎児の生活に最も大切な臍静脈は,臍で体内に達するときに2本の臍動脈と分れて,肝鎌状間膜のなかを上方にすすみ肝臓にいたる.
内腸骨静脈は仙腸関節の前で,同名動脈の後にあり,短い経過の後に外腸骨静脈と合して総腸骨静脈となる.内腸骨静脈の幹は1つも弁をもっていない.
a)腸腰静脈 Vv. iliolumbaIes.腰部と腸骨窩から来る.
b)上臀静脈 Vv. glutaeae craniales. 臀部の上部から来る.
c)下臀静脈 Vv. glutaeae caudales.大腿の静脈と多数のつながりをもっており,臀部の下部から来る.
d)閉鎖静脈Vv. obturatoriae.これは常に1本の太い枝によって外腸骨静脈とつながっている.この枝がしばしば閉鎖静脈の根の唯一の流出路となっている.
e)外仙骨静脈Vv. sacrales laterales.これは中仙骨静脈から側方へでる枝とともに仙骨の骨盤面に接して前仙骨静脈叢Plexus sacralis ventralisをなし,またこの叢が近くの静脈と結合している.
臓側枝は殆んどみなその分布の末端でよく発達した静脈叢をつくり,これらの叢が骨盤底の諸内臓のあいだを通じてたがいにつながり合っているのが特徴であると云える.
f) 内陰部静脈V. pudendalis interna.これは肛門の周囲の肛門静脈叢Plexus analisから出てくる肛門静脈Vv. anales,会陰や陰部からの血液をみちびく陰嚢静脈Vv. scrotales(陰唇静脈Vv. labiales)と陰茎深静脈V. profunda penis(陰核深静脈V. profunda clitoridis)を受けとり,同名動脈に伴なってゆき,下臀静脈にはいる.
しかし筋膜下陰茎背静脈V. dorsalis penis subfascialis(筋膜下陰核背静脈V. dorsalis clitoridis subfascialis)は陰部静脈叢とつながり,それを介して血液を内腸骨静脈に注いでいる.
g)膀胱静脈叢Plexus vesicalis.膀胱の下部にある広汎な静脈叢であって,これは陰部静脈叢と直腸静脈叢に続いており,また若干の小幹をもって左右の内腸骨静脈とつながっている.女ではこの静脈叢が尿道をもとりまく(図693).
R. Eiss, Beiträge zur Anatomie der Blasenvenen. Arch, Anat. Phys.1915.
h)陰部静脈叢Plexus pudendalis.この静脈叢は恥骨弓のすぐうしろで男では前立腺をとり囲み,膀胱静脈叢と続いている.また筋膜下陰茎(陰核)背静脈を受け入れている.
α. 筋膜下陰茎背静脈V. dorsalis penis subfascialisは亀頭冠のところで2本の静脈から始まり,遅かれ早かれただ1本の幹になって,これが陰茎海綿体の背側の中央にある溝を筋膜下で左右の陰茎背動脈のあいだを走っている.
恥骨弓状靱帯の下でこの静脈は陰部静脈叢に達する.途中で海綿体, 陰茎の皮膚および陰嚢からの多数の小静脈を受けとる.
筋膜下陰核背静脈V. dorsalis clitoridis subfascialisは男のこれに相当する静脈とよく似た配置をもっているが,はるかに発達がわるい.
β. 陰茎深静脈Vv. profundae penis.これは陰茎海綿体脚の上内側にでて,内陰部静脈にすすんでいる.
i)直腸静脈叢Plexus rectalis(図693)
これは直腸,とりわけその腹膜に被われていない部分をとりまいて密な網をなしている幅の広い静脈の集りである.この静脈叢から上直腸静脈が下腸間膜静脈にいたり,またほかの何本かの枝が内腸骨静脈に行く.
上直腸静脈が門脈系に属しているので,この直腸静脈叢を通じて門脈系が内腸骨静脈および下大静脈の系統に直接つながりをもっという重要な事実が生ずるのである(664頁参照).
女では膀胱静脈叢と直腸静脈叢のあいだに次のものが介在する.
k)子宮腟静脈叢Plexus uterovaginalis(図693)
これは特に子宮と腟の側方部を取り囲み,卵巣静脈および骨盤腔の静脈叢とつながっている.それから出る主な流れは短くて幅の広い子宮静脈Vv. uterinaeとなって内腸骨静脈に開口する.
妊娠中に子宮頚の壁のなかに子宮頚静脈叢Plexus cervicalis uteriという静脈叢が生ずるが出産時には退縮する(Stieve,1927).
骨盤腔にあるすべての静脈叢はたがいに多くのつながりをもち,こうして大きな静脈叢を作っており,その血液はあらゆる方向に流れて出るが,主として内腸骨静脈と門脈に注ぐのである.
外腸骨静脈は下肢からやって来る静脈幹の終りの部分で,鼡径靱帯のところから仙腸関節のところまでの部分である.この静脈は左右とも同名動脈の内側にあるが,右側のものは次第に動脈の後がわになる.
この静脈にはその最初のところ以外では弁がない.下肢の浅層および深層の静脈から始まっていて,鼡径靱帯の下をとおるところでもなお細い静脈を受けとっている.外腸骨静脈の幹には前腹壁の内側部と側腹壁にある2対の静脈が注いでいる.そのほか閉鎖静脈との間に太いつながりのあることが普通である.
a)下腹壁静脈Vv. epigastricae caudales.これは同名動脈に伴なって,その両側にあるが,たいていは1本の幹に合して外腸骨静脈の初まりのところに合する.
b)深腸骨回旋静脈Vv. circumflexae ilium profundae.これは同名動脈に伴なって外腸骨静脈の外側壁にいたる.
下肢の深部にある静脈は動脈とその枝のそばを走り,動脈と同じような分枝を示している.膝より下方では静脈は動脈のそばに2本ずつ存在し,動脈と同じ名前で呼ばれている.前脛骨静脈と後脛骨静脈Vv. tibiates anteriores et posterioresのうち後者は腓骨静脈Vv. fibularesを受け入れており,膝窩筋の下縁で前後の脛骨静脈が合して膝窩静脈V. popliteaとなる.
膝窩静脈は関節,筋などから来る細い静脈のほかに小伏在静脈V. saphena parvaというかなり太い皮下の静脈を受けとる.膝窩静脈は同名動脈の後外側にあり,かつ動脈と脛骨神経の間にある.ついで内転筋管裂孔にはいるが,そこから上方では大腿静脈とよぼれる.
ときどき下肢の静脈の合一がもっと上方で行われていることがあり,この場合には膝窩動脈がその一部で,あるいはその全長にわたって2本の膝窩静脈Vv. popliteaeを伴なっている.しかし普通は1本の太い幹があっても,なおそのほかに1本の細い静脈が動脈に接して走っている.
大腿静脈V. femoralisはふつう1本であって,同名動脈と同じように大腿の上2/3にわたってのびており,鼡径靱帯のところで外腸骨静脈に移行する.
初めは大腿動脈の外側壁に接しており,次第にその内側にうつるドそこでは動脈と同一の前額面上にあって,動脈とともに1枚の共通の鞘で包まれており,鼡径靱帯の縁の所で動脈の内側にみられる.この静脈と筋膜葉との位置関係からして(図492)下肢の運動が静脈を空虚にするのに都合よいように働くことになる.
途中で大腿静脈は大腿動脈の分枝に相当する根を受け入れるが,ことに太い穿通静脈Vv. perforantesと大腿深静脈Vv, profundae femoris,そのほか脛側と腓側の大腿回旋静脈Vv. circumflexae femoris tibiales, fibularesを受けとる.主として後者に大腿部の諸筋の静脈がはいる.大腿静脈の上端部では太い大伏在静脈V. saphena magnaが合する(図697).
変異:ときとして大腿静脈が大腿を縦走するにあたって同名の動脈とや,異なる道をとることがある.すなわちときおり膝窩のところから正常よりも上方ではいり,大内転筋を:普通よりもいっそう上方で貫いて大腿深静脈と合し,上方の部分でふたたびやっと大腿動脈の近くになる.まれに大腿静脈が全長にわたって,またはその一部だけが重複している.
大腿静脈はその上端でなお皮下陰茎背静脈Vv. dorsales penis subcutaneae,外陰部静脈Vv. pudendales externae,およびその枝である陰嚢枝Rr. scrotales(陰唇枝Rr. labiales),鼡径枝Rr. inguinales,さらに浅腹壁静脈V. epigastfica superficialis,浅腸骨回旋静脈V. circumflexa ilium superficialisを受けとっている.これらの静脈の一部は伏在静脈に開口していることがある(図697).
[図697] 大腿(伸側)の皮静脈
[図698] 膝,下腿,足(伸側)の皮静脈(Corning, topogr. Anatomieによる).
下肢の浅層の静脈は足背静脈網Rete venosum dorsale pedis(図698)から始まる.この静脈網は手背の静脈網とよく似た様子をしている.
[図699]下腿(屈側)の皮静脈(Corning, topogr. Anatomieによる).
[図700]大腿(屈側)の皮静脈
この静脈網から2本の主幹である外側の小伏在静脈と内側の大伏在静脈が出る.
小伏在静脈V. saphena parva(図698~700).この静脈は足背静脈網の外側部から起り腓骨踝のうしろを通って次第にアキレス腱の後に向う.
さらに上方では皮下において腓腹神経とともに腓腹筋の両腹のあいだの溝にはいり,筋膜を貫いて膝窩静脈に開口する.走っている途中で浅層の静脈を側方から受けとり,いろいろなところで筋膜を貫いて深層の静脈との結合を示している.浅層にある少数の細い静脈がそれぞれ独立して筋膜を貫いている.大腿の後面でところにより筋膜の上や下を走ったりしている1本の静脈を大腿膝窩静脈V. femoropopliteaという(図700).
大伏在静脈V. saphena magna.これは足背静脈網の内側部からきて脛骨踝の前を上方にすすむ(図698, 699).
下腿の内側では伏在神経のそばにあり,膝のところで大腿旨の内側顆のやや後方に向い,ついで大腿の前内側面を上行して大腿筋膜の卵円窩にいたり(図697),そこを通り抜けて大腿静脈の上端に合する.
下腿および大腿においては筋膜を貫いて深層の静脈と数多くのつながりをもっており,また特に大腿においては浅層の静脈を多数うけとっている.副伏在静脈V. saphena accessoriaはかなり太い静脈で,大腿の前内側面の皮静脈を集めて卵円窩のなかで大伏在静脈に合する.
大伏在静脈は腹董の静脈,および陰部の前部の浅層の静脈も若干うけとっている.これらの静脈は浅腹壁静脈V. epigastrica superficialis,浅腸骨回旋静脈V. circumflexa ilium superficialis,および外陰部静脈Venae pudendales externaeであって,これらの分布区域はそれぞれ同名動脈のそれと一致している.
下肢の浅層の静脈にも深層の静脈にも多数の弁があり,深層のものにその数がいっそう多いのである.
足の静脈は手の静脈と同じようになっている.足の指には背側[足]指静脈Vv. digitales pedis dorsalesが走る.これはそれぞれ2本が集まって背側中足静脈Vv. metatarseae dorsales pedisとなる.後者が足背静脈弓Arcus venosus dorsalis pedisに開口するが,この静脈弓は足背静脈網とつながり,この静脈網から大と小の伏在静脈が起るのである.
足の指の底側では底側指静脈Vv. digitales plantaresがあり,それぞれその2本が合流して底側中足静脈Vv. metatarseae plantaresとなる.これが足底静脈弓Arcus venosus plantarisに開き,また小頭間静脈Vv. intercapitularesによって足背の静脈とつながっている.足底静脈網Rete venosum plantareは密な網をなして,足底の皮下組織の中にある.
最終更新日 11/11/04
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