Rauber Kopsch Band1. 53

I. 内腸骨動脈Arteria ilica interna (図668672)

 この動脈は短くて太い枝で,その長さは3-8 cmあり,仙腸関節の高さにある総腸骨動脈の分岐部ではじまり大坐骨孔の上縁まで伸びている.

 内腸骨動脈は成人では外腸骨動脈よりやや細いが,胎児では次の2つの理由から太い動脈となっている.第1の理由は下肢が小さいためであり,第2には胎児の血液が臍動脈を通って胎盤に導かれることに基ずいている.--この動脈の起始のところは腰筋こ接しており,それより下方では梨状筋に接する.動脈の後には内腸骨静脈と太い腰仙骨神経幹Truncus lumbosacralisがある.

 この動脈の枝には壁側枝臓側枝とがあって,その枝分れの順序にいくつかの型がある.内腸骨動脈の枝は,その全体の分布は非常に規則的であるが,しかし多くの枝の起る位置については著しい相違がみられる.たいていの場合,この動脈の幹は2本の主な枝に分れ,その1本は比較的後方に,ほかの1本が比較的前方にある.前方の主枝からは臍動脈を伴った上臍胱動脈・下臍胱動脈・子宮動脈と腟動脈・後直腸動脈・内陰部動脈・閉鎖動脈・および最後に下臀動脈といった諸枝が骨盤の内臓や骨盤の前壁,および陰部に向かって出ている.

 後方の主枝は骨盤の側壁と後壁および弯部に血液を運ぶもので,腸腰動脈・外側仙骨動脈・上臀動脈がその枝となっている.

 これから以下では,内腸骨動脈の枝をそれが体壁(および下肢)に分布するか,あるいは内臓にひろがっているかによって区別して述べる.

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 変異:内腸骨動脈はその分岐部までの長さに1cmから6cmまでの開きがあり,概してこの動脈が長ければそれだけ総腸骨動脈の方が短く,またその逆も成り立つのである.前方と後方の主枝に分かれる場所が上方,あるいは下方にずれていることがあり,その場所として仙骨の上縁から大坐骨切痕の上縁までの相違がありうる.まれに内腸骨動脈が欠如していることがあって,その時には総腸骨動脈が骨盤内に入ってつくる1つの動脈弓がその代りを勤めている.ついでこの動脈弓のつづきが外腸骨動脈として血管裂孔を通って大腿に達する.このような場合には普通ならば内腸骨動脈から出る枝がこの動脈弓から起こっているのである.

[図668] 女の骨盤の動脈左側 右からみる.(1/3) 子宮と直腸は右前方に引き寄せてある. 1 第5腰椎;2 仙骨;3 恥骨結合;4 仙骨神経叢;5梨状筋;6仙棘靱帯;7 直腸;8 臍胱;9 子宮;10腱;11卵管;12卵巣;13左子宮広ヒダ (一部切除);14 総腸骨動脈;15 卵巣動脈;16外腸骨動脈;17内腸骨動脈;18 臍動脈;19 閉鎖動脈;20子宮動脈;21腟動脈;22 上臀動脈と外側仙骨動脈;23 下弯動脈;24 内陰部動脈;25 後直腸動脈

臓側枝
1. 臍動脈Arteria umbilicalis (図668, 669)

 この動脈は胎生期には内腸骨動脈の主枝であったものである.前方に曲がって臍胱の側方にいたり,そこから前腹壁の後面を腹膜に被われて臍に向かって上っていく.

 脾では左右のこの動脈が鋭い角度を作って集まる.そして臍静脈に接して臍帯の中でこの静脈のまわりをラセン状にとり巻いて胎盤に走る.そして胎盤では特別な発達をした閉鎖した毛細管系になって,ここで母体の血液から栄養物質と酸素をとり,老廃物を送りだして,かくして新鮮な性状となった血液が臍静脈によって胎児の体に導かれる.

出産後には,小児の腹腔中にあるその大部分が血液を通さなくなり,索状物に変わって左と右の臍動脈索Chorda a. umbilicalisとなる.

 しかし,この動脈の初まりの部分はある程度血液が通ずる状態になっており,そこから上臍胱動脈が出ている.

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[図669] 骨盤の右半分にある動脈の分枝 (左からみる)

 骨盤の内臓は手前に折り返してある.

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2. 上臍胱動脈Arteria vesicalis cranialis(図669)

 この動脈は上方および下方に向う多数の比較的細い枝すなわち臍胱枝Rami vesicalesを臍胱の上部と中部にあたえ,またたいてい小枝を尿管の骨盤部にあたえている.

3. 下臍胱動脈Arteria vesicalis caudalis (図669)

 これは内腸骨動脈の幹から出るか,または近くの枝から出て下方に向い枝分れして,臍胱底・精嚢腺・前立腺に分布する.

 前立腺枝はたいてい1本の共通の幹を作っており,他側の同名枝とつながっている.女では同じような枝が腔にいく.少数の細い枝が恥骨結合の後面にも広がっている.

4. 精管動脈Arteria deferentialis (図669)

 この動脈は内腸骨動脈の枝として独立して起るか,あるいは前記の動脈かそのほかの枝と1本の共通の幹をもって出ている.

 これは臍胱底りところで精管に達し,それぞれ1本の上行枝と下行枝に分れる.下行校は精管に伴って精嚢腺に達し,上行枝は鼠蚤管と精索にいたり,精巣動脈と結合する(603頁参照).

4a. 子宮動脈Arteria uterina(図668)

 これは男の精管動脈に相当するが,それよりもつねに太いもので,たいてい内腸骨動脈の前方の主枝から独立して出る枝である.

 子宮動脈は腹膜の下を通り,子宮広鐵嚢の下部の中を子宮頚に向かってすすみ,強くうねった多数の枝となって子宮のなかで広がっている.これらの枝は子宮の側縁を上行する幹からほぼ直角をなして発し,子宮の前後両面で他側の枝とつながっている.終枝が3本あって,そのうち1本は内側に向かって子宮底に行く.2本の外側の棟のうち1本は卵管枝R. tubalisと称し,卵管と平行して卵管間膜の中を通り,卵巣動脈の枝とつながる.もう1本の外側の枝は卵巣枝R. ovaricusといって卵巣間膜のなかをすすみ.やはり卵巣動脈の枝と結合し,これとともに卵巣の動脈弓Eierstockarkadeを作っている.この動脈弓から出る小枝が子宮鼡径索とともに走り,腹壁のなかで下腹壁動脈の枝とつながる.また他の枝は卵巣にいたる.

 比較的小さな枝が子宮動脈から出て臍胱・尿管・腟に分布している.腟にいく枝はときとして合同して腟動脈A. vaginalisという目立った小幹をなして下方にすすみ,腟にあるそのほかの動脈とつながる.また腟と直腸のあいだで他側の同名枝と弓状をなして結合している.

5. 後直腸動脈Arteria rectalis caudalis (図668, 669)

 この動脈は独立して始まるか,あるいは下臍胱動脈もしくは内陰部動脈から発し,骨盤筋膜の上にある直腸の部分を養い,また枝を精嚢腺・前立腺・肛門挙筋にあたえている.

 この動脈は上直腸動脈,肛門動脈,下膀胱動脈とつながる.

6. 内陰部動脈Arteria pudendalis interna(図668672, 675)

 太い動脈であって,主に腸の終末部・外陰部および会陰部を養っている.男ではこの動脈が女よりもいくぶんよく発達している.男女の場合を別々に分けて観察するのがよい.

I. 男の場合(図670, 671, 675)

 内陰部動脈は内腸骨動脈の前方の主枝からそれだけで独立して,あるいは下臀動脈と1本の共通の幹をなして始まり,下腎動脈とともに下方にすすみ坐骨棘のすぐ上で骨盤から出る.

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ついで下弯動脈と分れて坐骨棘を廻り,小坐骨孔を通って坐骨直腸窩に達し,坐骨結節の内側を坐骨枝の恥骨部に沿って前方に走る.その経過のうち内閉鎖筋膜によって内側から被われている.

 尿生殖隔膜の後縁で内陰部動脈は内閉鎖筋膜から分れ,鋭角をなして陰茎動脈と会陰動脈とに分岐する(図670).陰茎動脈はすぐに尿生殖隔膜の上に達し,その外側縁で外尿生殖隔膜筋膜によって作られた鞘の中に包まれている.ついでふたたびこの鞘を出てその終枝である陰茎背動脈と陰茎深動脈とに分れる.

 この動脈の最初のところは骨盤のなかにあって直腸の外側面に接しており,また梨状筋と仙骨神経叢の内方にある.それより先きは陰部神経と内陰部静脈を伴っている.坐骨棘のところでは大臀筋の起始部によって被われている(図675).

 その走行中にはかなり多数の枝を出す.また骨盤内にあるあいだにしばしば後直腸動脈を出し,ついで小枝を神経の幹と膀胱に送り,さらに筋枝を近くの諸筋に送っている.1本のかなり太い枝が坐骨結節と大転子のあいだで下啓動脈および内側大腿回旋動脈と吻合している.

この動脈の枝には次のものがある.

a)肛門動脈Arteria analis (図670, 671)

坐骨結節の後で始まり内閉鎖筋膜を貫いて横走し,坐骨直腸窩の脂肪組織の中を通って内側にすすむ.脂肪組織,肛門挙筋,肛門括約筋およびその付近の皮膚を養い,他側の同名動脈とつながり,また下直腸動脈,外側仙骨動脈と結合する.

b)会陰動脈Arteria perinealis (図670, 671)

 この動脈は肛門動脈の次に尿生殖隔膜の後方で始まり,浅会陰横筋の外方を通つたり,あるいは内方を通つたりして前内側にすすみ,この筋および外肛門括約筋,球海綿体筋,坐骨海綿体筋に小枝をあたえ,なん本かのわりあい太くて長い枝である陰嚢動脈Aa. scrotalesとなって陰嚢の後壁および陰嚢中隔に達する.

c)陰茎動脈Arteria penis(図670, 671)

 この動脈は尿生殖隔膜の後縁またはこの隔膜の内部で1本の枝を前内側に向かって送りだしている.すなわち

a)尿道[海綿体]球動脈A. bulbi urethrae(図671).これは尿道海綿体球にいたり,また尿生殖三角のなかに含まれる深会陰横筋,尿道の隔膜部,尿道球腺に分布する.尿道海綿体球に入る枝はすぐに1群の枝に分れる.そして1本の小さい前方の枝が尿道海綿体に達して次にのべる尿道動脈とつながっている.尿道球動脈は会陰動脈から出ていることがまれではない.

β)尿道動脈A. urethralis.この動脈は前者よりおよそ2cm前方で陰茎動脈の幹から出ており,尿道球動脈より細くて,左右の陰茎海綿体脚が相合するところで尿道海綿体のなかにはいる.これは陰茎亀頭まで達しそこで陰茎背動脈および陰茎深動脈の枝とつながる.

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γ)陰茎背動脈A. dorsalis penis(図669, 671).この動脈は陰茎深動脈よ.やや細くて,陰茎係蹄靱帯の内側面に沿って陰茎の背部におもむく.左右の動脈が正中にある不対の筋膜下陰茎背静脈V. dorsalis penis subfascialisをそのあいだに伴っている.陰茎背動脈は陰茎の被膜,陰嚢の上部に枝をあたえ,また白膜を貫いて海綿体にも枝を出し,ついで陰茎亀頭のところで弓状をなしてたがいに移行し,多数の枝を亀頭と包皮に送っている.

[図670] 男の会陰部の動脈I(5/6)  右側では神経をも示してある.

d)陰茎深動脈A. profunda penis(図671).これは陰茎海綿体脚の白膜をその内側面で貫き,反回する枝を出し,そしてうねりながら海綿体の前端まで走っている.

 左右の同名動脈のあいだに吻合があるばかりでなく,また陰茎背動脈とも吻合する.いっそう細いつながりが左右の陰茎深動脈と尿道海綿体の諸動脈とのあいだにある.

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II. 女の場合(図672)

 女の内陰部動脈は男のよりも細いが,相同の枝をもっている.肛門動脈と会陰動脈は男の場合と同じ場所に向かって走っている.陰嚢動脈に相当するのは陰唇動脈Aa. labialesであり,尿道[海綿体]球動脈に相当するのが[]前庭球動脈A. bulbi vestibuli vaginaeである.陰核動脈A. clitoridisは陰茎動脈に相当していて,陰核背動脈A. dorsalis clitoridisと陰核深動脈A. profunda clitoridisに分れるが,これらは陰茎のこれに相当する血管と同じ関係にあり,ただそれよりはるかに細いだけである.

 変異:内陰部動脈がときとして非常に細くて前方にまで達する枝を出さないことがある.この場合にはその代りをして副陰部動脈A. pudendalis accessoriaがある.このときには,内陰部動脈が多くは尿道球動脈で終わっている.それよりいっそうまれには会陰動脈で終わっている.副陰部動脈は骨盤のなかで内陰部動脈の初まりの部分か,あるいは内腸骨動脈じしんから出ているが,それも独立して出ていたり,ほかの枝といっしょに出ている.ついでこの動脈は膀胱底と前立腺に沿って骨盤のなかを前方にすすみ,尿生殖隔膜の前方部を貫いてその枝に分れている.ときとして1本の副陰部動脈が左右の陰茎深動脈を出し,もう1本別の副陰部動脈が左右の陰茎背動脈を出している.また補充する動脈が内陰部動脈のただ1本の枝の代りをしているだけのこともある.

 尿道球動脈がときどき非常に細くなっていたり,またはその1側のものが全くないことがある.ほかの例ではこの動脈がずっと後の坐骨直腸窩において始まり,後方から尿道海綿体球にはいっている.

 陰茎背動脈はときとして大腿深動脈から出て上内側に曲り,陰茎楓こ達している.

壁側枝
1. 腸腰動脈Arteria iliolumbalis (図662, 669)

この動脈はその走行と分枝の関係が部分的に腰動脈と一致しているが,その分布区域の広さは第5腰動脈の発達と逆の関係にある.内腸骨動脈の後方の主枝から始まり,ただちに腰筋と総腸骨動静脈の後を通って腸骨窩に向かっている.

 腰筋の内側縁で腰枝Ramus lumbalisという1本の上行枝を出している.腰枝は第5腰椎と第1仙椎とのあいだの椎間孔に1本の脊髄枝Ramus spinalisを送っている.そのほかの枝は大腰筋,腰方形筋,腹横筋の中に分布する.幹のつづきは腸骨枝Ramus ilicusとよばれて,浅枝と深枝とに分れる.浅枝は腸骨稜の下で腸骨筋の自由面の上において深腸骨回旋動脈の1枝と合し動脈弓を作り,これから上下へ筋枝を出している,深枝は骨膜と腸骨のなかに分枝し,さらに閉鎖動脈と吻合している.

 腸腰動脈はときどき初めから2本の枝に分れて出ている.

2. 上臀動脈Arteria glutaea cranialis (図668, 669, 674, 675)

 上臀動脈は内腸骨動脈のいちばん太い枝であって,主として弯部の筋に分布している.梨状筋の上方で骨盤の外に出るが,その途中で梨状筋・内閉鎖筋・肛門挙筋に枝をあたえ,ついで梨状筋の上縁と中臀筋の下縁のあいだにある隙間を通る.そして寛骨に1本の栄養動脈をあたえ,かつ浅枝R. superficialisと深枝R. profundusとに分れる.

a)浅枝R. superficialisは多数の枝に分れて大臀筋と中殿筋を養い下弯動脈の枝とつながる.

b)深枝R. profundus(図675)は中臀筋と小臀筋のあいだにあって弓を画いて前外側に走り,ふたたび2本の枝に分れる.そのうちの上枝は小臀筋の上縁に沿ってすすみ,この筋と中臀筋のあいだで大腿筋膜張筋にまで達し,これらの筋を養いさらに前方で深・浅の両腸骨回旋動脈,腰動脈,腸腰動脈とつながっている.

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それに反して下枝は中臀筋の筋肉のなかを大転子の方にすすみ,1本の枝を股関節にあたえ,臀筋の停止部のなかで枝分れする.そのほか外側仙骨動脈の背枝,下臀動脈,腓側大腿回旋動脈と吻合する.

 上臀動脈からしばしば腸腰動脈と外側仙骨動脈が出ている.

[図671] 男の会陰部の動脈II(5/6) 尿道海綿体球は切断して折り返してある.

 右側では神経をも示してある.

3. 外側仙骨動脈Arteria sacralis lateralis(図668, 669)

 外側仙骨動脈は上臀動脈から出るか,あるいはこれと共通の幹をもって始まり,仙骨前面で前仙骨孔の内側を下方に走る.そのさい内外両側に向かって直角に通常それぞれ5本の枝を出している.

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内側の枝は尾動脈からの横走枝と網を作って吻合する.外側の枝は一部は脊髄枝Rami spinalesとなって前仙骨孔を通って仙骨管にはいり,そこで枝分れする.またそれらのつづきは後仙骨孔を通って長い背筋群と大臀筋の起始部に達する.さらに枝の一部は仙骨と尾骨の諸靱帯および梨状筋,尾骨筋,肛門挙筋に分布している.上方の枝は腰動脈と,下方の枝は肛門動脈とつながる.

 非常にしばしば外側仙骨動脈が2本の小幹に分れ,そのうち上方の幹は1つの仙椎を,下方の幹はそれより下にある椎骨列を養っている.

[図672] 女の会陰部の動脈(5/6)

 左側の球海綿体筋は取り除いてある.

 右側では神経をも示してある.

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4. 下臀動脈Arteria glutaea caudalis(図668, 669, 674, 675)

 下臀動脈は内腸骨動脈の2番目に太い枝であって,やはり主として臀部の筋に分布するものである.梨状筋と仙骨神経叢の前面を下方に走り,坐骨神経と内陰部動脈に伴われて梨状筋の下方をへて骨盤の外にでる.骨盤の外では坐骨結節と大転子とのあいだにあって,大臀筋によって被われている(図675).

 この血管の枝は大臀筋の後下部に広がり大腿の回転筋群と股関節のなかで上臀動脈の枝と吻合している.また閉鎖動脈の深枝および内側大腿回旋動脈とも吻合する.1本の比較的太い枝と数本の細い枝が下方にすすんで大腿の屈筋群と大内転筋にいたる.それに属すもので細いが興味のある枝が坐骨神経伴行動脈A. comitans n. ischiadidであって,たいてい大腿の下部まで坐骨神経に伴行している.下臀動脈の枝は内側大腿回旋動脈の枝および大腿深動脈の穿通動脈と吻合する.そのほかの1枝は内側に向かって尾骨にいたり,坐骨直腸窩の皮膚と脂肪組織とを養う.

 変異:非常にまれなことであるが,坐骨神経伴行動脈が太い血管となっていて,両棲類.爬虫類・多くの・鳥類と同じく下肢の自由部の主動脈となっていることがある.ついでこの動脈は膝窩動脈とそのすべての枝に続くので,このような場合には下肢の遠位2/3は内腸骨動脈からの血液を受けることになる.哺乳類の発生初期にも坐骨動脈A. ischiadicaが下肢の自由部の主動脈となっていて,その後の時期にいたってそれまで膝窩動脈と吻合している1筋枝に過ぎなかった大腿動脈がそれにとって代るのである.Nauckは(Z. Anat. Entw., 68. Bd.,1923)骨盤の位置の変化が坐骨動脈に対してその血流を阻止するように働くので,そのためにこの変換が起るのであると説明した.

5. 閉鎖動脈Arteria obturatoria(図668, 669, 674)

 この動脈は内腸骨動脈の前方の枝に属しているもので,骨盤壁の内面を前方にすすみ,閉鎖管にはいる.この管を通って骨盤を出て,その外で浅枝Ramus superficialisと深枝Ramus profundusという終枝に分れる.

 骨盤のなかを走っているときは骨盤筋膜と腹膜のあいだにあり,この動脈と伴行する閉鎖神経のやや下方にある.その終りの分岐は閉鎖孔を出てすぐのところで起る.

 骨盤のなかで閉鎖動脈から幾本かの細い枝が出ているが,そのほかにたいていこの動脈から外側に向う1本の太い枝がでて腸骨筋膜を貫き,腸骨筋に枝をあたえ,腸腰動脈とつながっている.その他の小さな枝が腰部のリンパ節,骨盤の内臓,肛門挙筋および内閉鎖筋にいたる.

 閉鎖管にはいる前に鋭い角をなして恥骨枝R. pubicusが出る.これは恥骨枝(という骨).の結合部の後面を恥骨結合にまですすみ,枝分れして反対側の同名枝と網を作って結合する.恥骨枝の1本の枝は下腹壁動脈の閉鎖枝R. obturatoriusと前腹壁の内面でつながっている.

 浅枝R. superficialisは閉鎖管の外側の出口のところで外閉鎖筋の後を内側に向い,内側大腿回旋動脈と共に外閉鎖筋と内転筋群の近位部のなかで枝分れし,外陰部の皮膚にまで達している.

 深枝R. profundusは坐骨結節と寛骨臼のあいだの溝を後方にすすみ,下胃動脈と共に枝分れして臀部の筋の深層を養っている.寛骨臼枝Ramus acetabularisという1枝を出し,これは寛骨臼切痕を通り,それから出る枝が大腿骨頭靱帯をへて大腿骨頭に達し,大腿骨頭窩で係蹄状にまがって静脈に移行する(Hyrtl).

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[図673]大腿動脈A. femoralisとその枝(I) (9/20) 縫工筋はその中央部を切り取ってある.

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[図674] 大腿動脈A. femoralisとその枝(II) ( 3/8)

 大腿動脈の一部は取り除いてある.縫工筋,大腿直筋,恥骨筋,長内転筋は切断しその一部を取り除いてある.

S. 618

 変異:しばしば(5例にだいたい1回の割合)閉鎖動脈が内腸骨動脈からでなく下腹壁動脈の初まりのところから出ていたり(図499),ときおり外腸骨動脈からも出ている.この起始の変化は閉鎖動脈と下腹壁動脈とのあいだに普通に存在している吻合をもとにしておこるのである.この弓状の吻合が広くなり太くなると,本来の幹が衰微して弓状の吻合が幹となってしまう.Quainによると400例のうちで閉鎖動脈が内腸骨動脈からおこるのが270例,下腹壁動脈から出るのが120例,また5例はだいたい同じ太さの根をもってこの2つの動脈から,また5例は外腸骨動脈から始まっていたという.-- Jaschtschiskiによると閉鎖動脈の起始が下腹壁動脈にあるものは約28.5%,外腸骨動脈にあるものは1.2%,大腿動脈にあるものは0.4%である.子供と女においてまたおそらくは右側において異常の起始がいっそう多くみられる.大腿ヘルニアHernia femoralisと閉鎖動脈の関係は,その起始の位置によって異なる.内腸骨動脈から出ているときにはそのあいだに何も関係はない.大腿動脈から出ているさいには閉鎖動脈はヘルニアの後を走る.下腹壁動脈から出ている場合にはその起始の高さによって関係が変わってくる.鼡径靱帯の下方で下腹壁動脈から出ている時には閉鎖動脈はヘルニアの外側を走る.また鼡径靱帯の上方でおこっている場合にはヘルニアの内側を走る.ヘルニアの外側を閉鎖動脈が走るのが通例であって,その内側にあることはまれな例外である. 閉鎖動脈が下腹壁動脈から出ていることは同じ個体で両側にみられることもあるが,1側だけにみられることのほうが多い.

 閉鎖動脈は下腹壁動脈から出ているときには後下方に向かってすすみ閉鎖孔に達する.この場合には大腿輪に密接して,その内側で裂孔靱帯の後方を,この靱帯の外側縁に沿って走る.または大腿輪の外側で大腿静脈に接して走っている. 閉鎖動脈の起始の変異が女にいっそう多くみられることをW. Pfitznerも指摘している.--閉鎖動脈が下腹壁動脈あるいは外腸骨動脈から出ている場合はヨーロッパ人で28.2%,日本人で13.2%である(Adachi). Jaschtschiski, Internat. Monatsschrift Anat. Phys.,8. Bd.,1891--Pfitzner, Anat. Anz.,1899.

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最終更新日 12/04/13

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