Rauber Kopsch Band1. 49

1. 椎骨動脈Arteria vertebralis (図644, 645, 648)

 この動脈は鎖骨下動脈の最初の枝であり,また最も太い枝として鎖骨下動脈が胸部で弓状をなしているところの凸側縁から出て,前斜角筋の後を上方にすすみ,ふつうは第6頚椎の肋横突孔,ときには第5頚椎のそれにはいる.それからほS"まっすぐに肋横突孔が上下にならんでできている管の中を第2頚椎まで上り,,この椎骨の肋横突孔の中で後外方にまがり(第1弯曲).そこから弓状をなして環椎の肋横突孔に達し(第2弯曲).環椎の外側塊の後面に向かって廻り,この骨の椎骨動脈溝の中にいたる(第3弯曲).最後に環椎の後弓から大後頭孔の側方縁に向かって前上方にすすむ(第4縫曲).そのさい後環椎後頭膜と硬膜を貫く.つまり以上の4つの弯曲はみな大後頭孔の近くにあるわけである.

 斜台の上で,脳の橋の下縁のところで左右の椎骨動脈が相合して1本となり正中にある不対の脳底動脈A. basialisとなる.この動脈は橋の上縁で後大脳動脈Aa. cerebrales posteriores(図644)という左右2本の終枝に分れる.

 椎骨動脈は頚部でわりあい細い枝を出すだけであるから,この動脈が導く血液の大部分はその頭部の枝をへて脳に達する.頚部では深頚筋にいたる枝のほかに次のものが出る.

a)脊髄枝Rr. spinales.これは椎間孔を通って脊柱管の中に入り脊髄とその被膜および椎骨を養っている.

b)硬膜枝R. meningicus.これは環椎と大後頭孔のあいだで出て,大後頭孔を通って頭蓋腔に入り,骨と脳硬膜のあいだにおいて後頭蓋窩で枝分れする.

 頭蓋腔に達してから左右の椎骨動脈は次の枝を出す.

c)後脊髄動脈A. spinalis dorsalis(図644).この動脈は起始ののち延髄の周りをめぐって後下方に向い,大後頭孔を通って頭蓋腔を去り脊柱管に達する.椎骨動脈や胸郭の動脈などの枝である脊髄枝Rami spinalesで補強されながら脊髄の後面をうねりつつ下方に走り,たびたび枝分れをしたのち馬尾で終る.

d)前脊髄動脈A. spinalis ventralis(図644).細い動脈で左右の椎骨動脈が相合して脳底動脈となる角の近くで出る.これは大後頭孔を通って下方に走り,ついで他側の同名動脈といっしょになって1本の共通の小幹となり,脊髄の前面で前正中裂の入口のところを下方にすすむ.

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e)後下小脳動脈A. cerebellaris inferior posterior(図644).この動脈は椎骨動脈そのものから出る枝のうもでいちばん太く,ときに脳底動脈から出ていることもある.外側後方にすすみ,小脳の下面にゆくが,そこで後方と外側の2太の主な枝に分れる.

脳底動脈Arteria basialis(図644)

 この動脈は左右の椎骨動脈がいっしょになってできる.そして橋の正中溝を上方にすすみ,ほぼ橋と同じだけの長さのものである.多数の小枝と若干のわりあい太い枝を出す.

f)橋枝Rr. pontis.これはすぐ橋にはいる.

g)迷路動脈A. labyrinthi.細い動脈で多くは前下小脳動脈から出るが,Adachiによると後下小脳動脈からも出て,内耳神経とともに内耳道に入る.内耳神経と同じように,この動脈も若干の枝に分れて前庭の2つの小嚢と三半規管(前庭動脈A. vestibuli)と蝸牛(蝸牛動脈A. cochleae)に達する.

h)前下小脳動脈A. cerebellaris inferior anterior.これは脳底動脈のまん中のあたりから出て小脳の下面の前部とその前縁に達する.

i)上小脳動脈A. cerebellaris superior.これは前端の分岐部の近くで脳底動脈から出て小脳天幕のすぐ下で小脳の上面に分布している.

k)後大脳動脈A. cerebralis posterior.左右の後大脳動脈が脳底動脈の終枝であって,上小脳動脈と平行して外側に走り,大脳脚をまわって大脳の下面の後部に達する.大脳脚では後脈絡叢動脈A. chorioidea posteriorという1本の小枝が出て四丘体の上を越えて脈絡縄織に向かっている.後大脳動脈は後交通動脈A. communicans posterior によって内頚動脈とつながり,かくして大脳動脈輪Circulus arteriosus cerebriができ上る.

大脳動脈輪Circulus arteriosus cerebri (図644)

 これは脳にゆく4本の主な動脈幹,すなわち左右の椎骨動脈のあいだにある動脈の結合である.

 この動脈結合は次のようにできている.左右の内頚動脈から出る前大脳動脈が前交通動脈によってつながる.同じく内頚動脈から出る後交通動脈は脳底動脈の終枝である左右の後大脳動脈と後方でいっしょになる.この動脈輪はトルコ鞍のまわりに位置をしめ,脳底において視神経交叉, 終板,漏斗, 灰白隆起,下垂体,乳頭体,脚間穿孔質,大脳脚の一部を取り囲んでいる.前大脳動脈は大脳半球の内側面で頭頂後頭溝までを養い,また外套稜Mantelkanteをやや越えて広がっている.中大脳動脈は大脳半球の外面と大脳基底核を養い,脈絡叢動脈により大脳内の脳室にも分布する.後大脳動脈は後頭葉の全部の側頭葉の下面を養っている.

 変異:右椎骨動脈は右鎖骨下動脈が大動脈弓の下部から発しているような場合にはたいてい総頚動脈から出るのである,またこれが直接に大動脈弓から起ることもあり,非常にまれであるが下行大動脈から出ることもある.--左椎骨動脈は右のものよりもいっそうしばしば大動脈弓から出ることがある.若干の例で左椎骨動脈が2本以上の根をもって起り頚の下端で1本の幹に集まるのがみられている.その根が2本とも大動脈弓から出ていたこともあり,2本とも鎖骨下動脈から出ていることもあったが,また1本ずつ大動脈弓と鎖骨下動脈から出ていたこともある.--また椎骨動脈が第5か第4,または第3頚椎の肋横突孔に入りこむ例があり,さらに例外的に第7頚椎に入りこむ例がある.--頚部では鎖骨下動脈に属する他の枝が分布する領域にまれに椎骨動脈が枝をあたえていることがある.--ときとして1側の後大脳動脈が内頚動脈から出ている.脊髄と脳の脈管についてはなお神経学をも参照されたい.

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甲状頚動脈Truncus thyreocervicalis (図640, 645, 648)

 これは太くて短い幹であって,前斜角筋の内側縁のすぐそばで鎖骨下動脈から分れ,まもなく3本ないし4本の枝となっていろいろな方向にたがいに別れてゆく.いちばん多いのは幹から下甲状腺動脈上行頚動脈,浅頚動脈,肩甲上動脈の4つが出る場合であるが,そのほか頚横動脈がこれから出ることもまれではない.また他の鎖骨下動脈に属する枝がこれから出ていることもある.

2. 下甲状腺動脈Arteria. thyreoidea caudalis (図640, 648)

 これは上行部と横走部とからなり,上行部は頚長筋の前を上方にすすみ,第6頚椎の肋横突起にいたり,ついで直角または鋭角をなしてまがり,頚部の太い血管群の後を内側に向い,甲状腺の後がわに達する.その枝には次のものがある.

a)腺枝Rr. glandularesにはたいてい上枝と下枝があり甲状腺に分布する.

b)咽頭枝,食道枝,気管枝Rr. pharyngici, oesophagici, tracheales.気管への枝の1つは気管支を養うことにあずかっている.

c)下喉頭動脈A. laryngica caudalis.これは下甲状腺動脈の幹からかまたは腺枝のうちの上枝から出て,気管の後壁を上方にすすみ,喉頭咽頭筋の下で喉頭の内部にはいり,そめ筋と粘膜に分布している.

 変異:下甲状腺動脈が独立して鎖骨下動脈から発していることがあり,また総頚動脈あるいは大動脈弓から出ていることもある.1側に下甲状腺動脈の重複が見出されたことがある.また両側の下甲状腺動脈が単一の幹をもって始まり気管の前で左右の2本に分れていることがある.

 少数の例ではこの動脈が1側または両側において欠 けている(ヨーロッパ人で1.7%日本人で4.6%, Adachi).そのさい上甲状腺動脈の枝がその分布区域にきている.まれに(Yazutaによると1.6%, Anat. Anz., 63. Bd. )この動脈が椎骨動脈の後方にある.

3. 上行頚動脈Arteria cervicalis ascendens (図640, 648)

 この動脈は下甲状腺動脈の初まりの部分から起ることが最も多く,甲状頚動脈から出ていることはそれよりまれである.横隔神経と並んで前斜角筋と頭長筋のあいだを上方に走り次の枝を出している.

a)脊髄枝Rr. spinales.これは第4頚椎から第6頚椎までのあいだで椎間孔を通って脊柱管の中に達し,脊髄とその被膜および椎体に分布している.

b)筋枝Rr. muscularesは付近の筋にいたる.わりあい太い1本の枝(深枝Ramus profundus)が第5頚椎の肋横突起の下を後方にすすみ深頚動脈の枝と吻合している.

 変異:上行頚動脈はまれに浅頚動脈,肩甲上動脈,鎖骨下動脈から出る.またはなはだまれなことではあるが,全く欠けていることがある(Yazuta, Anat. Anz., 63. Bd).

4. 浅頚動脈Arteria cervicalis superficialis (図640, 648)

 この動脈は横の方向にすすみ,まず胸鎖乳突筋に被われ,ついで広頚筋にだけ被われて肩中鎖骨三角を通り僧帽筋にいたる.

 僧帽筋の前縁にはいりこんで近くの筋やリンパ節や皮腐に枝をあたえる.しばしば上行頚動脈と共通の幹をなして起る,また頚横動脈といっしょに出たり,あるいはここにあげた3つの動脈が口径の大きい共通の幹をもって起る場合がある.

5. 肩甲上動脈Arteria suprascapularis (図640, 646, 648, 649)

 この動脈はたいてい甲状頚動脈の枝であって,前斜角筋の前で,胸鎖乳突筋の後を走って鎖骨にいたり,この骨に被われて外側にすすみ,鎖骨下動脈と交叉し,肩甲横靱帯の上を棘上窩にいたり,ついで肩甲頚に沿って棘下窩に達する.

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そこでは骨の上に密接しており肩甲回旋動脈の枝と吻合する.かなり大きい枝である肩峰枝R. acromialisは僧帽筋の停止部を貫いて肩峰の上面で枝分れして,そこで胸肩峰動脈の肩峰枝と吻合する(図640, 646).

 変異:肩甲上動脈が前斜角筋の外側で起こっているのはヨーロッパ人で8.1%,日本人で18. 9%である(Adachi).またときどき鎖骨下動脈から直接に出ている(ヨーロッパ人で. 7A%,日本人で15.2%, Adachi).あるいは内胸動脈といっしょになって出る(ヨーロッパ人で1.7%,日本人で4.3%, Adachi).また頚横動脈といっしょに出る(ヨーロッパ人で2%,日本人で3.6%, Adachi).この動脈が近くの動脈によって一部おきかえられていることもまれでない.

[図645] 頚部における椎骨動脈の走行 (Tiedemannによる) (1/2)椎骨動脈の起始が甲状頚動脈の外側にある非常にまれな場合である.

6. 頚横動脈Arteria transversa colli (図639, 640, 646, 648, 649)

 この動脈はふつう鎖骨下動脈の外側部,または甲状頚動脈,あるいは肋頚動脈から起る.肩甲上動脈と浅頚動脈とのあいだを走るが,またこれらの動脈と共通な1本の幹をなしていることもある.肩甲鎖骨三角の深部を横走し,腕神経叢の根のあいだを通って中斜角筋と後斜角筋の上に密接して後方にすすんで肩甲骨の上角にいたり,そこで上行枝Ramus ascendensと下行枝Ramus descendensに分れるが,そのさいしばしば肩甲拳筋を貫いている(図646).

a)上行枝R. ascendens.これは肩甲挙筋と板状筋のあいだを上方にすすみ付近の項筋群に分布する.

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b)下行枝R. descendens.これは主枝であると共に頚横動脈の幹のつ"きである.菱形筋の付着部と外側鋸筋のあいだで肩甲骨の椎骨縁に沿って下方にすすみ,そこにあるすべての筋を養い,最後に広背筋のなかた入る.そのさいしばしば肋間動脈の枝や肩甲骨にある他の動脈とつながっている.

[図646] 肩の後面における動脈 (Tiedemannによる) (1/3)

肋頚動脈Truncus costocervicalis(図645)

 この動脈は鎖骨下動脈の後壁から出て,上方に突出する短い弧を画いて後方に走り,ただちに深頚動脈と最上肋間動脈とに分れる.

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7. 深頚動脈Arteria cerv'icalis profunda (図645)

 この動脈は肋頚動脈または鎖骨下動脈を出て,まもなく第7頚椎の肋横突起と第1肋骨の間に向かってすすみ,そこを貫いて,項部で半棘筋の上を第2頚椎まで達する.これは脊柱管のなかに脊髄枝Rami spinalesを送り,深頚筋と深背筋に後枝Rami dorsalesをあたえるが,その枝の1つはときとしてはるか下方まで伸びている.

 変異:深頚動脈はときに椎骨動脈あるいは頚横動脈から出ており,まれには肩甲上動脈からも出ることがある.またときとして欠けていることもあり,そのさいは付近の動脈の枝がこれを代行している.

8. 最上肋間動脈Arteria intercostalis suprema (図645)

 この動脈は肋頚動脈または鎖骨下動脈から出て,第1肋骨の頚を越えて下方に走り,第1肋間隙または第1と第2の肋間隙に終るが,その肋間隙を前方にすすんでいる.また後枝Rr. dorsalesを出す.第1と第2肋骨の間だけか,またはその上になお第2と第3肋骨の間において1本の枝が後方にすすみ,この枝はさらに筋枝Ramus muscularisと脊髄枝Ramus spinalisに分れるのである.

 変異:最上肋間動脈はまれに椎骨動脈あるいは甲状頚動脈から出る.ごくまれにこの動脈が欠如している.

9. 内胸動脈Arteria thoracica interna (図647, 648)

 この動脈は鎖骨下動脈の弓状部の凹側縁から出るが,これが長いことと,次々にたくさんの枝を出すことが特徴をなしている.鎖骨下動脈を出てから前下方にすすみ,鎖骨と第1肋骨の後を通る.そこから胸骨縁より外側に約1 cm離れて肋軟骨と壁側胸膜の肋骨部Pleura costalisおよび胸横筋の間をほとんどまっすぐに下方にすすむ.

 第6肋間隙で2本の終枝に分れるが,そのうちの1本は筋横隔動脈A. musculophrenicaといい胸郭の下縁で下外側に向きをかえる.もう1本の上腹壁動脈A. epigastrica cranialisは幹と同じ方向をとって前腹壁をさらに下方にすすむ.

 内胸動脈の枝は主に胸壁と腹壁に広がっている.

a)心膜横隔動脈A. pericardiacophrenica.細くて長い枝であり,胸の上部で始まって横隔神経と伴ない,これといっしょに横隔膜に達して,ここで他から来る横隔膜の動脈と吻合している.その走行中に小さい枝を周囲に出す.

b)前縦隔動脈Aa. mediastinales ventrales

 たいていは細い数本の小枝であって,前縦隔にある諸構造に分布している.すなわち胸腺とその残りのものにいたる胸腺動脈Aa. thymicae, リンパ節,脂肪組織,胸膜の縦隔部,心膜,胸骨の後面,胸横筋にいたる胸骨枝Rr. sternales,気管支にいたる気管支枝Rr. bronchalesなどである.

c)肋間枝Rr. intercostales.これは前方にある肋間動脈というべきもので,おのおのの肋間隙に2本ずつあり,そのを本が内胸動脈から別々に出るか,または共通の幹をもって出ている.内胸動脈から分れて外方にすすみ,初めは胸膜に密接し,ついで肋骨縁の近くで肋間筋群のあいだを通って,大動脈からやって来る肋間動脈と合する.この枝は胸部の筋および肋間筋を養い,また小枝を乳腺と皮膚に送っている.

d)穿通動脈Aa. perforantes.この動脈は第1から第5までの肋間隙あるいは第6肋間隙までを貫いて外方に出て,一部は胸骨の前面で枝分れをなし,一部は胸部の筋にゆく筋枝Rr. muscularesとなり,また皮膚に分布する皮枝Rr. cutaneiとなっている.乳腺の近くではいりこむ枝は女では乳腺枝Rr. mammariiという強い枝をなして乳腺にいたる.

S. 568

e)筋横隔動脈A. musculophrenica.外側へすすむ終枝であって,肋骨弓の後で下外側に向い,第8と第9肋骨のあいだで横隔膜の起始を貫いて最下の肋間隙に終わっている.これは横隔膜と下部の肋間隙に枝をあたえるが,この枝は内胸動脈の肋間枝ど同じ関係を示すのである.

f)上腹壁動脈A. epigastrica cranialis.内側にある終枝であって,横隔膜の胸骨部のあいだのすき間を貫いている.この動脈は腹直筋の後面に沿って腹直筋鞘の中を下行して,驕のあたりに達して下腹壁動脈とつながる.1本の小さい枝が剣状突起にいたり,またほかの枝が前腹壁の筋と横隔膜に分布する.ときにはなお1本の枝があって肝鎌状間膜を通って肝臓に達している.

 変異:内胸動脈はときに甲状頚動脈から出たり,眉甲上動脈といっしょになって大動脈から発している.まれには腕頭動脈,腋窩動脈,大動脈からも出る.--内胸動脈が胸腔に入るところでこれから1本の太い枝,すなわち外側肋骨枝Ramus costalis lateralisが起ることがまれでない.これは胸膜と胸壁の間を外側下方に向かってすすんで,しばしば第6肋骨にまで達し,前と後の両方から来る肋間動脈とつながっている.

腋窩動脈Arteria axillaris (図647, 648, 649)

 腋窩動脈は第1肋骨の外側縁で始まり大胸筋の下縁まで(または他の学者によると広背筋の腱まで,あるいは上腕骨の外科頚まで)の部分である.

 局所解剖:この動脈は腋窩を貫いており,上腕がとる位置によりその方向が変る.前方からは大胸筋と一部は小胸筋からも被われ,またそれぞれの筋膜もこの動脈を被っている.腋窩ではこの動脈は腋窩筋膜および表層のリンパ節のすぐ下にある.腋窩静脈はこの動脈より内側にあり,またいくぶん表層にある.

 腋窩動脈を3つの部分に分けている.第1の部分は小胸筋より内側で胸郭の壁に密接しているところ,第2の部分は小胸筋で被われて胸壁から上腕に向うところである.第3の部分は小胸筋より遠位で上腕骨に接している部分である.

 1の部分ではこの動脈は外側鋸筋の上に乗つていて,丈夫な烏口鎖骨胸筋膜で被われている.腕神経叢Plexus brachialisの諸幹はこの動脈の上後方にあり,鎖骨下静脈は前内側にある.2の部分は小胸筋の後方にあって,ここでは動脈が腕神経i叢の幹でとりまかれている.そのさい多くは正中神経の両根が合してフオーク形の両叉をするところにとりまかれている.第3の部分においてこの動脈は肩甲下筋および広背筋と大円筋の付着腱の上にあり(図648, 649).一方その外側壁は烏口腕筋に接している.腕神経叢の主な枝はこの動脈のすぐ後方および両側にある.上腕骨の外科頚のところにおしつけると腋窩動脈は容易に圧迫される.

 神経:下頚神経節,尺骨神経および正中神経から来る.

 変異:腋窩動脈が正中神経の両叉部にとりまかれていないことがある.そのときには普通だと両叉をなす2本の根が腕神経叢のほかの束と合して1つの索をなしているのである.このようなことはヨーロッパ人では0.8%に,日本人では5%にみられる(Adachi).

 腋窩動脈の枝としては,細い不定の筋枝と小さい肩甲下枝Rr. subscapularesのほかに,胸壁表層の諸筋にいたるたいてい3本の動脈と肩甲部にいたる肩甲下動脈,および上腕にいたる2本の回旋動脈である.

1. 最上胸動脈Arteria thoracica suprema

 貧弱で不定な枝であり小胸筋の上方で起こって,第1と第2の肋間隙の上を下内側にすすみ,外側鋸筋の上部の起始尖と肋間筋に枝をあたえ,最後に大胸筋と小胸筋のあいだに広がっている.

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[図647] 前胸壁と前腹壁の動脈  (Tiedemannによる)

S. 570

[図648] 鎖骨下動脈と腋窩動脈(3/5)  *肩甲舌骨筋(下腹)†胸筋枝.

S. 571

 多くの場合,この動脈から外乳腺枝Rami mammarii externiという2, 3本の小さい枝が乳腺にゆく.

2. 胸肩峰動脈Arteria theracoacromialis (図639, 640, . 648)

 これは太い動脈で小胸筋の上縁で始まり,その枝がいろいろな方面に広がっている.この動脈は三角筋大胸筋三角Trigonum deltoideopectoraleの内部で3本の枝に分れる.

a)肩峰枝R. acromialisは1本あるいは2本以上の枝で,三角筋と烏口突起のあいだを肩峰に向かって走り筋を貫いてそこに達する.これは筋と肩関節を養うことにあずかり,そこで肩甲上動脈の枝およびそのほかいくつかの小枝と共に肩峰動脈網Rete acromialeを作っている.

b)三角筋枝R. deltoideus.三角筋枝は視側皮静脈と並んで三角筋のあいだのすきまに入り,この2つの筋に広がる.

c)胸筋枝Rr. pectorales.これは外側鋸筋と大胸筋に分布し,胸壁の他の動脈とつながっている.

3. 外側胸動脈Arteria thoracica lateralis (図647, 648)

 この動脈は小胸筋の後かまたはその外側で起り,小胸筋の下縁にだいたい平行して下内側に走る.

 外側胸動脈は大胸筋,外側鋸筋に分布し,乳腺に外乳腺枝Rr. mammarii externiを送り,胸壁にあるほかの動脈とつながる.また枝を腋窩のリンパ節と脂肪組織に出している.

4. 肩甲下動脈A. subscapularis (図646, 648651)

 肩甲下筋だけにいたる2ないし3本の小さい肩甲下動脈があり,その他に1本の太い肩甲下動脈がある.後者は肩甲下筋の外側縁で始まり,この縁に沿って下後方にすすみ肩甲骨の下角にいたる.何本かの小枝を肩甲下筋と腋窩リンパ節に送り胸部と肩甲骨に分布する.そのはなはだ大きい枝が2本ある.すなわち

a)胸背動脈A. thoracodorsalis.これは肩甲下動脈の下がわの終枝であって,肩甲下筋・外側鋸筋.大円筋・広背筋のあいだを最下部の肋骨のところまで走り,上に列挙した諸筋に分布して広背筋で終わっている(図648, 649).

b)肩甲回旋動脈A. circumflexa scapulaeは肩甲下動脈の終枝で横走するものであり,後方に向かって内側筋間隙にいたり(図646, 648, 651).肩甲骨の外側縁にすぐ接してまわり,棘下窩の中を小円筋の下で骨面に沿って上方にすすむ.この動脈はそこで肩甲上動脈の枝および頚横動脈の枝につながる.その走行のあいだに肩甲下筋大円筋,小円筋,広背筋,棘下筋に枝をあたえている.

5. 掌側上腕回旋動脈Arteria circumflexa humeri volaris(図649)

 掌側と背側の両上腕回旋動脈は腋窩動脈の遠位部から出る枝で,たいてい広背筋の腱の内側で始まる.

 この2つの上腕回旋動脈のうち掌側のものは背側のものよりはるかに細くて,腋窩動脈の外側壁から背側上腕回旋動脈と同じ高さか,あるいは少し遠位で始まっている.そして烏口腕筋の下,上腕二頭筋の短頭の下で上腕に達し,その上を走って結節間溝に達する.そこで2本の枝に分れるが,そのうちの1本は上腕二頭筋の長頭の腱とともに走って,肩関節の中にはいり上腕骨頭にいたる.もう1本の枝は後方に走り背側上腕回旋動脈と吻合する.

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6. 背側上腕回旋動脈Arteria circumflexa humeri dorsalis

 これは太い動脈で広背筋の腱より近位で後方に向い(図646, 649)外側腋窩隙を通りぬけ上腕骨を廻って,三角筋に枝分れし,また肩関節を養い,さらに掌側上腕回旋動脈,肩甲上動脈,胸肩峰動脈の枝とつながっている.

[図649] 腋窩動脈(1/2)

 変異:腋窩動脈の不規則な枝分れのしかたについてはすでに上に述べたが,そのほかにもこの動脈はなお次のような変異をしばしばあらわす.いちばん多いのは1本のはなはだ太い肩甲下動脈が出て,それが普通ならば腋窩動脈から直接に出ている枝のいくつかを出しているばかりか,本来なら上腕動脈から出るべき動脈までが出ているという場合である.--肩甲下動脈と背側上腕回旋動脈が共通の幹をもって出ているのはヨーロッパ人で6.6%,日本人で39.8%である(Adachi).非常にしばしば上腕深動脈A. profunda brachiiが背側上腕回旋動脈から出ている(ヨーロッパ人で20.9%,日本人で23.8%, Adachi).

S. 573

[図650] 上腕(右)の動脈,掌側(1/2) *上腕三頭筋の腱と広背筋の腱のつながり.

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最終更新日 12/04/13

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