Rauber Kopsch Band1. 18

b)下肢の骨(Ossa extremitatis pelvinae)

 下肢の骨格も上肢の骨格と同様に2つの部分からなる.すなわち下肢帯の骨自由下肢の骨である.

α)下肢帯の骨Ossa cinguli extremitatum pelvinarum

 下肢帯Beckengürtelは寛骨Os coxae, Hüftbeinという各側に1つの骨からなる.両側の寛骨は前方で相寄って結合しているが,後方では間隙が残っていて,そこは仙骨との密接な結合によって閉じられている.両側の寛骨と仙骨とをあわせて骨盤Pelvis, Beckenという.尾骨はもともと骨盤に属するものでないが,人体の解剖学では臨床上の理由から骨盤にいれて考えることが多い.

寛骨Os coxae, Hüftbein(図300304)

 寛骨は腸骨Osilium,坐骨Os ischii,恥骨Os pubisの3骨からなる.これらの3骨は寛骨臼のところで相合し,その結合線は寛骨臼の底を中心として放射状に3方向へ伸びている.成人ではこの結合線は全然みえなくなっていることが多いが,若い人では年令の低いほどよく認められる(図300).

 寛骨臼Acetabulum(酢を入れる小鉢Essignäpfchenの意味のラテン語)は深く半球状にくぼんでおり,その縁はひとところで切れて寛骨臼切痕Incisura acetabuliをなしている.寛骨臼の内面には滑かな帯状の部分があり,新鮮な骨では軟骨で被われている.これが月状面Facies lunataである.寛骨臼の底は寛骨臼窩Fossa acetabuliとよばれ,粗面をなしていて軟骨で被われない.恥骨と坐骨のあいだに閉鎖孔Foramen obturatumという大きい孔があいている.

a)腸骨ilium, Darmbein(図300304)

 腸骨の寛骨臼に属する厚い部分は腸骨体Corpus ossisiliumとよばれる.その上方には扁平なシャベル形の骨部が高く上に伸び,これを腸骨翼Ala ossis iliumという.

 腸骨翼の内面は前の方の部分は平滑で,少しへこんで腸骨窩Fossa ilicaをつくっている.腸骨窩にはその後縁の近くに1つの大きい栄養孔がある.内面の後部には耳のかたちをした大きい関節面がある.これは仙骨と結合する部分で耳状面Facies auricularisとよばれる.この関節面のうしろには後縁にまで達するデコボコした領域があって腸骨粗面Tuberositas ilicaとよばれ,靱帯群が付着する.

[図300]13才の少年の寛骨3つの部分がまだ分離している(1/3)

S. 218

[図301]腸骨の耳状面傍溝とその付近.横断×2

[図302]右の寛骨 外方から(7/12)

[図303]右の寛骨 前からみる(7/12)

S. 219

[図304]右の寛骨 内方から(7/12)

[図305]右の大腿骨 下端部,下面(3/4)

S. 220

 腸骨窩は弧をえがいて走る弓状線Linea arcuataという稜によって,小骨盤に属する腸骨体の内面から分けられている.

 外面には3本の凹凸に富む線があり,2本は弓状に走って上臀線Linea g1utaea cranlalisおよび臼上臀線Linea glutaea supraacetabularisとよばれ,1本は直線状で後臀線Linea glutaea dorsalisとよばれる.

 腸骨にはさらに上・前・後・下の4縁がある.上縁は腸骨稜Crista ilicaとよばれ,S状にまがっており,幅がひろくて,外唇Labium externum,中間線Linea intermedia,内唇Labium internumという3つの隆起線をもつが,これらは必ずしも明瞭なものではない.腸骨稜の前端はいくらか外側へまがって,前腸骨棘Spina ilica ventralisに終っている.さらにその少し下方に腸骨結節Tuberculum ilicumがある.

 腸骨の後縁にも2つの棘があって,および下後腸骨棘Spina ilica dorsalis cranialis, caudalisという.腸骨の下縁は大坐骨切痕Incisura ischiadica majorの一部をつくっている.この切痕と腸骨の弓状線とが腸骨体と腸骨翼との境をなしている.

耳状面の縁にこれと平行に走る溝が時どき認められ,耳状[面]傍溝Sulci Juxtaauricularesとよばれる(図301).

b)坐骨Os ischii, Sitzbein(図302304)

 坐骨は坐骨体Corpus ossis ischiiと坐骨枝Ramus ossis ischiiとからなる.坐骨体は厚くて腸骨および恥骨と結合し,寛骨臼のおよそ2/5をつくっている.寛骨臼につづく薄くなった部分は坐骨枝の寛骨臼部Pars acetabularisであり,それがまた厚くなって坐骨結節Tuberossis ischiiをつくり,さらにそのむこうに坐骨枝の恥骨部Pars pubicaがつづく.体と寛骨臼部には3面と3稜がある.後縁には坐骨棘Spina ossis ischiiがつよく出ているが,前縁の坐骨閉鎖結節Tuberculum obturatorium ischiadicumは必ずしも明瞭ではない.

 坐骨棘は2つの切痕をわけている.すなわち棘の上方にはすでに挙げた大坐骨切痕Incisura ischiadica major,下方には小坐骨切痕Incisura ischiadica minorがある.

c)恥骨Os pubis, Schambein(図302304)

 恥骨は坐骨枝の恥骨部とともに小骨盤の前壁を形成し,また坐骨とともに閉鎖孔Foramen obturatumを囲んでいる.恥骨体Corpus ossis pubisと恥骨枝Ramus ossis pubisからなり,恥骨枝の2部分すなわち寛骨臼部Pars acetabularisと結合部Parssymphysicaは鋭角をなして相合し,ここに軟骨でおおわれた長卵円形の面がある.この面が他側の恥骨の同じ面と結合するので恥骨結合面Facies symphyseosとよばれ,またこの結合のことを恥骨結合Symphysis ossium pubisという.恥骨体は寛骨臼の一部をつくっている(図300).腸骨との結合部は腸恥隆起Eminentia iliopectineaという低い突起によって示されている.まれにはここに1つの棘ができている.

 寛骨臼部は体から発するとすぐ細くなり,内側へゆくにつれてまた広く高くなる.寛骨臼部には3面と3稜がある.上面は水平方向には凹,垂直方向には凸の弯曲を示し,後面は滑かで水平方向に凹の軽い弯曲を示している.面には斜め内側に向って走る1本の広い溝があり,これを閉鎖溝Sulcus obturatoriusという.上稜は鋭くて恥骨櫛Pecten ossis pubis, Schambeinkammをつくっている.後縁閉鎖稜Crista obturatoriaとよばれ,内側へ走って閉鎖孔の前縁となり,その1端に恥骨閉鎖結節Tuberculum obturatorium pubicumをもつ.また前縁は内側へ走って1つの結節に終っている,ここには恥骨櫛も伸びて来ており,恥骨結節Tuberculum pubicumとよばれる.

S. 221

 結合部は後下方に伸びて坐骨枝の恥骨部と結合している.

 前面には陰茎稜Crista phallicaというデコボコした隆起線が時どき明瞭にみとめられる.

骨盤Pelvis, Becken(図306312)

 寛骨は仙骨とともに骨盤という骨性の環をつくっている両側の恥骨は前方で恥骨結合Symphysis ossium pubis, Symphyseにおいて合している.ここから両側の恥骨の結合部が左右に分れて,弓状の角をはさむ.これは男性では多くは鋭角をなして恥骨角Angulus pubisとよばれ,女性では鈍角であって恥骨弓Arcus pubisとよばれる.骨盤は分界線Linea terminalis--すなわち岬角から腸骨の弓状線Linea arcuataに沿って恥骨櫛につづき,恥骨結合の上縁にまで達する線--によって大骨盤Pelvis major, großes Beckenと小骨盤Pelvis minor, kleines Beckenとに分けることができる.

 分界線には各側に3つの部分が区別される.すなわち仙骨部Pars sacralis, 腸骨部Pars ilica,恥骨部Pars pubicaである.

 大骨盤は側方と後方だけしか骨で囲まれていない.小骨盤は下すぼまりになっていて,大骨盤にくらべるとずっと完全に骨で囲まれている.しかし小骨盤のとくに側壁は,それから後壁も,強い靱帯群によっておぎなわれており,小骨盤の下口のかたちはこれらの靱帯によって大いに影響されている.

 小骨盤への上口すなわち骨盤入口Aditus pelvis, Beckeneingang,骨盤腔とその壁,ならびに骨盤出口Exitus pelvis, Beckenausgangの形態は両性において,しかしとくに女性において非常に重要な意味をもっている.それは生れてくる子供のからだが外界に達するために,どうしてもここを通りぬけねばならないからである.そのほかに骨盤腔とその壁の意義としては,あらためて述べるまでもなく,骨盤は仙骨と結合した下肢帯であるという重大な役目があることである.

 四足獣では下肢帯の脊柱に対する方向がヒトのばあいと違っており,骨盤管と骨盤がほとんど水平にむいている.ところがヒトが直立姿勢をとるようになったとい,骨盤も一緒に垂直の方向をとったわけではない.すなわちヒトの骨盤管の方向は決して垂直でなくて,水平に位置する傾向が四足獣よりずっと減じたという程度にすぎない.骨盤入口の面が水平面となす角を骨盤傾斜Beckenneigungとよぶ.この角は直立姿勢において,岬角から恥骨結合の上縁にひいた線を,正中面上の水平線と交わるところまで延長することによって測られる.すなわちこの後方へ開いた角が骨盤の傾斜角Neigangswinkelなのである(図311).傾斜角は男の骨盤では平均55°,女のでは60~65°である.従って女の骨盤の傾斜角は原始的状態を想わせる.ここで注意を要するのは,骨盤を大腿骨に固定している靱帯の緊張の程度によって,傾斜角が変動するということである.

骨盤の諸径Beckenlinien

 女の骨盤の入口および出口の大きさと形は,分娩のときの子供の通過に対して大きな意味をもっている.産科学において一定の測定線が用いられるが,その走行・名称ならびに長さは,学生諸君がすでにここで記憶しておくべきである.

a)骨盤入口の諸径(図311, 312)

1. 縦径Diameter mediana(真結合線Conjugata vera)は岬角と恥骨結合のあいだの最短線である(11cm).(日本人女性で10.7cm(小金井・大沢),11.8cm(工藤)10.8cm(小野). 日本人の骨盤の計測値と文献の紹介は小野肇:日本人骨盤入口の研究(慈恵医大解剖学教室業績集第7輯,1952)が新らしい.)

S. 222

[図306, 307]女の骨盤(9/20),図306は前上方から,図307は前方からみる.図306では分界線が白い境界線であらわしてある.

(H. Virchowの標本による.椎間円板・恥骨結合・仙腸関節は自然の厚さを保っておぎなわれている.)

S. 223

[図308, 309]男の骨盤(9/20),図308は前上方から,図309は前方からみる.図308では分界線Linea terminalisが白い境界線であらわしてある.

 (H. Virchowの標本による.椎間円板・恥骨結合・仙腸関節は自然の厚さを保っておぎなわれている.)

S. 224

[図310]女の骨盤 20才の少女の骨盤のレントゲン写真, 腹背照射.

S. 225

 この線は正中線に一致するのが普通であるが,ただし恥骨結合の上縁を通らず,恥骨結合の後面でその上縁より下方のところを通る.これに対して解剖結合線Conjugata anatomicaとよばれるものは,岬角の中央から恥骨結合の上縁の中央にいたる線である.

1a. 対角径Diameter diagonalis(日本人女性で11.7cm(小金井・大沢)13.4cm(工藤),12.7cm(小野)である.)は恥骨弓の頂点と岬角のこれに一番近い点とを結ぶ線で,女性の生体で直接に測定できるので臨床的に重要なものである.縦径よりも1.75~2cm長い.

2. 横径Diameter transversa(13.5cm)(日本人女性で12.1cm(小金井・大沢),12.6cm(工藤),12.4cm(小野)である.)は分界線上のたがいに最も離れた対称的な2点間を結ぶ線である.

 この線はたいてい骨盤入口の後部1/3と中央部1/3の境のところで,寛骨臼のすぐうしろにある.

3. 1(または右の)斜径Diamenter obliqua prima s. dextra(12.5cm)(日本人女性で12.2cm(小金井・大沢),12.4cm(工藤),12, 3cm(小野)である.)は右の仙腸関節が分界線と交わる点と,左の腸恥隆起とを結ぶ線である.

4. 2(または左の)斜径Diamenter obliqua secunda s. sinistra(12.5cm)は左の仙腸関節が分界線と交わる点と,右の腸恥隆起とを結ぶ線である.

b)骨盤出口の諸径(図311)

1. 骨盤出口の縦径または結合線gerader Durchmesser od. Conjugata des Beckenausganges(9.5~11.5cm)(日本人女性で11.1cm(小金井・大沢),10.6cm(工藤)である.)は尾骨の先端から恥骨弓の頂点にいたる.

2. 骨盤出口の横径querer Durchmesser des Beckenausganges(11cm)(日本人女性で11.6cm(小金井・大沢),12.5cm(工藤)である.)は両側の坐骨結節を結ぶ線である.

c)骨盤軸Axis pelvis, Beckennachse(図311)

 骨盤の各縦径の中点を結んで,小骨盤の中央を仙骨の弯曲に平行して走る(従って前方に凹の)1本の曲線が骨盤軸Axis pelvisすなわち骨盤導線Führungslinie des Beckensである.

[図311]骨盤軸と骨盤傾斜 女の骨盤の正中断

[図312]女の骨盤入口の諸径線

S. 226

 骨盤入口と骨盤出口のほかに骨盤濶[部]と骨盤峡[部]が区別される.骨盤濶部Beckenweiteは寛骨臼の中点・第2および第3仙椎間の骨結合・恥骨結合の中央を通る.また骨盤峡部Beckenengeは仙骨の尖端・左右の坐骨棘の尖端・恥骨弓の頂点によって決定される.Nägeliによれば体格のよい婦人の多数において,仙骨の底は恥骨結合の上縁の約9cm上方にある.

 骨盤入口のかたちは岬角の位置によって著しい影響をうける.この点について高位の岬角をもつ骨盤と低位の岬角をもつ骨盤とが区別される.

骨盤の性差

 骨盤には個体差・年令差・人種差のほかに,なお男女の差がある.これはすでに若い年令段階において,またすべての人種において著しく認められる.女の骨盤では骨が男のより薄くて滑かである.またその腸骨は男のより平たくできている.女では骨盤入口は長軸を横にした楕円形で,しばしばほとんど円形である.岬角の突出の程度は少く,恥骨結合の高さは男より小さい.両側の恥骨の結合部がなす角は女の方が大きくて恥骨弓Arcus pubis, Schambogenとなっている.また女では両側の坐骨結節の距離が男より大きく,閉鎖孔は下の方で狭くなって,男のものよりいっそう三角形に近いかたちをしている.男の骨盤は側方からおされたようなかたちで,高さが女より大きい.男の閉鎖孔は卵円形である.全体として男の骨盤の特徴は「高さ」と「狭さ」であり,女の骨盤の特徴は「低さ」と「広さ」である.

 Shiino(Z. Morph. u. Anthrop.,17. Bd.,1914)の研究によれば,女の骨盤では寛骨臼の向きが男よりも多少前額方向に近く,さらに寛骨臼の深さが絶対的にも,またその曲率半径との相対的関係からみても,男の場合より小さい.

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最終更新日 12/04/13

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